611.バスタム石 Bustamite (オーストラリア産)

 

 

Bustamite バスタム石 バスタマイト

バスタム石の結晶(暗赤色)、方鉛鉱、閃亜鉛鉱、黄銅鉱
 -オーストラリア、NSW、ブロークン・ヒル産

 

ブロークン・ヒルでは珪酸塩鉱物の結晶が硫化金属の鉱床を、あたかも海中を群遊するクラゲのように浮かび漂いながら、ゆっくりと時間をかけて成長していったと考えられている。
そうして生じた結晶として、満ばんザクロ石のほか、バラ輝石パイロクスマンガン石、バスタム石の3兄弟(といっていいのかどうか)やイネス石パイロスマライトなどの含マンガン鉱物、正長石灰鉄輝石などが報告されている。サイズが大きく宝石質であることが多いので、珍しい産状と相まっていわゆる「コレクター御用達」のアイテムとされた。

画像はバスタム石の結晶。と標識されている。やや茶色味を帯びた淡い赤色の、透明感のある柱状結晶である。バスタム石は草下英明氏の書に「マンガンを含むピンク色の珪灰石」とあるように、珪灰石の仲間だ。繊維状の結晶集合になるのが普通で、自形単結晶がこんなふうに柱状に成長するのは珍しい(結晶系は三斜晶系)。
…と言いながら、私は心の中では、これはバラ輝石ではないのだろうか?というモヤモヤを拭うことができないでいる。
バスタム石の組成はCaMnSi2O6、バラ輝石はCaMn4Si5O15なので、後者の方が相対的にマンガンリッチである。そこで、バラ輝石であるならもっと赤色が濃くて茶色味が少ないのではないか、という観測もあるのだが、パイロクスマンガン石を含めた3種の肉眼鑑定はおよそ不可能に近いと言われており、色の違いは明確な手がかりにならない。
実際、かつてバラ輝石と言われていた石が、後にパイロクスマンガン石と分かったとか、あるいはバスタム石と分かったという例は多い。この種のマンガン気質のピンク色の石、特に塊状のものはまずバラ輝石と安全側に判断されるのがふつうで、詳しく調べ直してみて実はほかの2者だったと分かるのが倣いある手筋なのだろう。

ものの本によると、偏光顕微鏡を使って光軸角を調べれば、「バラ輝石では+70°前後、パイロクスマンガン石では+40°、バスタム石では−40°」であることから識別できるそうだが、それは私の守備範囲外である。X線粉末試験をすれば簡単というが、さらに道遠し。
バスタム石は比重や屈折率がやや低いので、これによっても識別出来るらしい。まあこのくらいが私に実行可能なレベルだろうか。背伸びすれば、だが。
かく肉眼鑑定の難しい石だが、販売標本の場合、わざわざバスタム石と標識されるからは、屈折率を調べるなりほかの方法によるなりして、それなりの確認が行われたものかもしれない。

バスタム石(バスタマイト)という音は日本語としてやや響きが重たく、鉱物名にしてファンタスティックな感興を抱きにくい(その点、バラ輝石はいいよな)。しかし、命名(1826年)の由来はメキシコの第3代大統領アナスタシオ・ブスタマンテ氏(1780-1853)に因るそうで、ならばブスタム石とされても仕方なかったところであろう。侮酢侘無に比べれば、羽巣多夢の方がまだしもファンタシウムの風を幾分なりと含んでいそうに思われる。英語読みしてきわどく切り抜けられた、ということにしておこうか。
見るがいい、足元には砕け散ったバスタマイトのカケラ。トンボの羽のように薄い刃先が、薄板界を覆うベールを切り剥がすべきもの、マンガンのすみれ色の光を放ちつつ。

補記:原産地メキシコのバスタム石はバラ輝石とヨハンセン輝石との混合物とされており、今日では 1922年に産出の報告された NJ州フランクリンが原産地とされている。あいにく光らない。

追記:木下事典には「ブスタメント鉱」の和名がありました

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