690.クリソベリル Chrysoberyl  (マダガスカル産ほか)

 

 

クリソベリル V字双晶 -マダガスカル産

クリソベリル(アレキサンドライト) サイクリック・ツイン(3連貫入双晶)
−ブラジル産

クリソベリル 双晶 −ブラジル産

 

宗教史学者ミルチャ・エリアーデは、世界の様々な文化、精神生活、宗教、世界史観に、特に非西洋的なその在り方に関心を持った。それらがどの程度まで共通しており、どの程度違っているかを明らめようとする情熱に動かされていた。自らがルーマニアという「辺境の」文化に深く根を降ろした存在であることを強く意識し、かつ歴史の流れの中で異郷に身をおくべく運命づけられた彼は、持って生まれた明晰な頭脳とバイタリティとで、どこまでも先を、奥を、過去と現在を、偽装された歴史の厚い層を突き徹して、隠された人間存在の意味、言い換えれば、彼自身がこのように存在することの理由、その正しさを知ろうと努めることを生き方にした、ように私には思われる。

彼は日本文化にも興味を抱いた。日本人の自然に対する愛、庭園・生花・茶の湯・日本画などの芸術、道具や作法への集中、禅的な精神。そうした心持ちを涵養した伝統は、(日本語を話さない)彼にとって異質なものに留まったに違いないが、世界のほかの地域の古代宗教と同様に、忘我的な恍惚の境地が、やはり理解の鍵であると見ていた。
彼はそもそも日本の歴史上初のエクスタシーが、古事記に記録された神話、天照大神(アマテラス)の天の岩戸伝説のうちにあると指摘している。弟神の乱暴を被って悲嘆に苦しみ、岩戸の闇に逃れた大神の閉じた心、ATフィールドを割り開いて光と風とを取り戻した力は、まず踊るアメノウズメの「神憑り(かみががり)」のエクスタシーであり、彼女の踊りが喚起した神々の陽気なエネルギーの爆発、宇宙を震わせた笑いと喝采であったと述べている。このときから「太陽が世界の上に輝くようになった」と。日本人の憑神歓喜体験(とその癒し)は世の始まりと同じだけ古いのだ。

踊る女性に降った神がかりは、史上の卑弥呼や大田田根子に、その後も数知れぬ皇女や巫女たちに継がれていった(補記1)。彼女らは神殿で、また個人の家で神がかりし、あらゆるもの−石、樹木、動物、人が作った物品までも−を生気づけた。
神道は仏教が伝来した奈良時代、また平安時代に、神社以外の場所での「神がかり」を度々禁じ、聖別された伝統空間で発現したもののみが真正だと宣言したが、神域外での超越的体験は一千年に亘って已むことがなかった。明治時代に入ると神社の境内での入神行為さえも禁じられるようになったが、その技法は二次大戦後に至るまで密かに伝えられている、とエリアーデは系譜を綴る。(補記2)

日本人の魂は神との交わりを、器(人の肉体など)に神が一時的に降りることを、顕現した神の導きを熱望する。旅人たる神(の状態)は、人間だけでなく花にも石にも木の柱にも訪れ、そしてはかなく去って留まらない。こうして「宇宙は常に無数の瞬間的顕現によって聖化されている」
この理解によって彼は、日本人の「具体的なもの、経験的なものへのあの情熱、博識と極端な専門化へのあの傾向、蒐集家のあの情熱を理解出来る」、と言う。不連続な、一瞬だけ続く現象・事物の状態の中に、日本人は宇宙全体を、つまり永遠を感じとる、というわけだろう。

そこでエリアーデ好きの私としては、我々の鉱物趣味をこの観点に引き寄せて語ることもおおいに可能だ、と指摘したい。
すなわち鉱物愛好家は、たとえ束の間にせよ、標本に神性が宿るのを看取して共振し、やはり束の間にせよ、自身が忘我と恍惚の境に出て、生命の水を汲みあげる。そしてまた日常生活に戻るのである。
ここに「鉱石抒情派」の主旨のひとつが存し、その志向性は優れて日本的なものだ、とまずは一本、鍵を打ち込んでおこう。
かくて我々は鉱物を通じてあの聖なる空間に、偽装された金緑の部屋に、いま再び入り込む。(→ cf. No.44No.420No.671

補記1:南北朝以前には、天皇の皇女が神官として伊勢神宮で奉仕する慣例があり、「斎宮(いつきのみや)」といった。

補記2:余談だが、神がかりの私的巫女は、ウルトラQ「カネゴンの繭」(1966年)でも、聊か胡散臭いながら近所にいて容易に接触可能な日常存在として現れ、どうしたらカネオが変身から解けるか正確に予言した。
現代の巫女についてはアンヌ・ブッシイ著「神と人のはざまに生きる」が、ある一人の巫女の生涯を生き生きと描いている。

補記3:エリアーデは幼年から青年期にかけて、切手蒐集、昆虫学、植物学、鉱物学に、この順番で夢中になった。なんという喜びだったか、と彼は回想する。しかしそれらすべてを置いて、ルーマニアを脱出することとなった。そしていつも祖国での日々を懐かしく想起し続けた。彼は「意味」を問い続けた。

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