742.ローズ・カルセドニー Chalcedony (アルタイ産) |
石の花。
こういうのを一般になんというのか。フラワー・カルセドニーとかフラワー・アゲートとか、ローズ・カルセドニーとか、それぞれがそれぞれの気持ちに添うように好きに呼んでいるのが実際だろうが、まあ、それでいいのだと思う。益富翁の「鉱物」(保育社)にはブラジル産の円盤状の同類が、「めのうの花」と紹介されている。
ところで翁によると、明治維新後に西洋の鉱物学が導入されたとき、Agate
の訳語に「瑪瑙(メノウ)」、Chalcedonyの訳語に「玉ずい」を当てた、ところが玉ずいは漢名の「白玉髄」に由来して原典の白玉髄は魚卵状珪石のことだから、とんだ間違いをしたものだ、という。
確かに魚の卵のようなシリカは、「白玉の髄」と呼ぶに相応しいものであろう。でもそれを言い出せば、カルセドニーの語源の方も実は実に怪しいのである。
近山大事典など参照すると、ギリシャのカルケドンの町の近くに(青色の玉髄が)出たことに因む、とあるが、その石がほんとうに玉髄だったかどうかはちっともはっきりしないのだ。
例えばプリニウスの博物誌 37巻37に、イアスピス(碧玉)は緑色の石で半透明になったものだが、カルケドンからは曇った種類のものが出る、と述べている。一方で、カルセドニウスはカライナ(トルコ石)に似た石であるという。スマラグドス(緑色石)の項(37巻18)に、カルケドンのスマラグドス(カルセドニウス)はこの地域の銅山に出たもので、たいへん小さくて脆く、あまり価値がない、不思議な色を呈し、見る角度によって緑色の孔雀の尾羽や鳩の首の羽毛のように明るくなった、またうろこ状の脈模様があって肉質の盛り上がりを持つ欠点があった、とある。こうした描写はある種の銅の沈殿性膠状二次鉱物を想わせる。
結局、その頃のカルセドニーは少なくとも何らかの緑色石であったらしいが、現在のどんな石に相当するのかよく分からない。宝石学者のスミスは、「古代のカルセドニウスは緑色の石を指していた不明の名称で、16世紀頃から今のカルセドニーを指すようになったが、17世紀までは古義も残っていた」と述べた。
ひとつの言葉が何を指すかは世に従う。スミスの流儀でいえば、玉髄の語は「日本では 19世紀中頃からカルセドニーを指すようになった」のである。
仮にカルセドニーを玉ずいと訳すべきでなかったとしたら、では何と呼べばよかったのだろうか。画像の標本、往古の蒙古やシノあたりでは、なんと呼んでいたのだろう。