745.銀星石 Wavellite (チェコ産) |
アルミニウムのリン酸塩鉱物で、組成式 Al3(PO4)2(OH)2(OH,F)・5H2O。
最初に発見されたのはイギリス、デボンシャーのバーンスタプルで、黒色粘板岩の亀裂に放射円状に集合した銀白の結晶が挟まっていた。地元で外科医をしていた薬学博士ウィリアム・ウェイベル(1750-1829)が
1780年代に発見したという。流行の博物学趣味をお持ちだったのだろう。1805年にバビントンが氏に因んでウェイベライト
Wavellite の名で報告したが、同じ年、化学組成を調べた H.デイビーは人名より成分に拠って名づける方がよいならハイドラルジライト
Hydrargillite と呼ぼう、と提案した。水分と粘土(Argillite
-アルミン)とが成分と考えたからである。しかし後にベルセリウスやフックスによって燐酸成分(やフッ素)を含むことが示されて、結局ウェイベライトが通った。またデボン石
Devonite とも呼ばれた。
自形単結晶で産することは稀で、たいてい放射円状や球顆状の結晶集合体をなす。低温二次生成の水和物であり、さまざまな産状で出るが、楽しい図鑑(1992)によると、リン酸塩鉱物に乏しい日本では近年(といっても図鑑が出てもう20年以上になる)まで見つかっていなかった、という。
しかし、にも関わらず、明治・大正期の鉱物学者はすでに本鉱に和名「銀星石」をあてていた。私はそのことに何となく面白みを感じる。
当時の日本の鉱物学は本質的に金石の学問であり、有用資源鉱物を研究の対象としたはずである。特に資源的価値を持たず本邦には産出のなかった鉱物に、なぜわざわざ、それもロマンティックといっていい和名を献じたのかが気になるのだ。
あるいはその頃のお偉い先生方も、芯の疲れる仕事の合間にはふと机上においた美しい(海外産)標本を手にとって、くたびれた脳みそを休めていたのであったかもしれない。闇夜を手探りで進む如き困難な研究を続ける彼等の目に、この石は一服の清涼剤となり、漆黒の粘板岩の夜空に白く輝く希望の星々の群と映ったのかもしれない。あるいはまた、学問の深淵に潜んだ魔術的な銀の星
Argenteum Astrum、すなわち秘中の秘への憧れを象徴するものと映ったのかもしれない。ともあれ、この石は銀星石(ぎんせいせき)と呼ばれた。
銀星石標本の有名産地は、No.64で挙げた米国のアーカンソー州や、ここに挙げたチェコのボヘミヤ地方で、前者は緑色がかったものが、後者は軽く赤錆色を帯びた白色のものが普通である。和名銀星石の由来を楽しい図鑑はボヘミア産に求めている。当時、図鑑に蒙を開かれた愛好家は、入手が容易なアーカンソー産よりも、「無色透明な針状結晶が集合して花火のように開いた」ボヘミア産を、なんとか手に入れたくて目を光らせていたものでありました。(2015.6.13)
cf. ボヘミア産銀星石(ヨアネウム蔵) 、ボヘミア産(フライベルク大学蔵)
補記:ちなみに「和漢三才図会」巻61にある、金星石・銀星石は、雲母の一種。「物品識名」(1809)、「品物名彙」(1859)にも出ており、銀星石という語自体は明治以前からあった。おそらく漢語。
補記2:加藤昭「鉱物の観察」(1997) には高知市豊田産の標本が示されている。組成式中の(OH,F) に対して F>OH のものが米国に報告され、2015年 弗素銀星石 Fluorwavellite として別種記載された。豊田産はこの弗素銀星石にあたるという。