ひま話 ヨアネウム5 東欧/ロシアの鉱物 (2014.7.16)


現チェコ西部の、ドイツとの国境あたりの土地を、かつてボヘミアと呼んでいた(ドイツ語でベーメン)。ボヘミアといえば一般には野性的な森の民、流浪の民ボヘミアンのイメージが思い浮かぶのであろうが、鉱物愛好家には温泉地カルルス・バッド(カルロビィ・ヴァリィ)や鉱山町ヨアヒムスタール(ヤーヒモフ)、あるいは暗い炎の色のガーネット(パイロープ)の産地として知られる。Cf. No.526、 No.635、 No.212   No.896 追記(ヨアヒムスタール略史)  TU5(ボヘミア地図)
ヨアヒムスタールはもとは森の中の何もない土地で、16世紀初に銀が出たことにより、またたく間に一大鉱山町となった。かのアグリコラが4年ほど滞在して、医師業のかたわら鉱山学の研究にいそしんだ。18世紀末にはそれまで鉱山の邪魔モノ扱いだったピッチブレンドから新元素ウランが発見され、以来ガラス彩色に用いられるようになったし、20世紀初にはキュリー夫妻がその鉱石残滓から放射性の新元素ラジウムの塩を精製した経緯もある。(詳しくは光る石2に書いた) 
ついでに言うと、ヨアヒムスタール一帯で発見されたカリウムとウランの炭酸塩 K4(UO2)(CO3)3 が、2010年に IMAに承認され、2011年アグリコラに因んで Agricolaite と命名されている。実は古い学名辞典には Agricholite/ Agricolite という Bi4Si3O2 の鉱物が載っており、A.Frenzel が1873年にアグリコラに因んで命名しているのだが、これは今日 Bi4(SiO4)3 の鉱物 Eulytine (命名 ブライトハウプト (1827))に吸収されている。このような場合、同じ人物名の復活がなるのはなかなか珍しいことである。

由緒ある土地のラベルがついた古い標本があると、なんとなく、おおっ!と思うもので、鉱石に骨董的価値が重なって見える。脳裏にはイルカの「ボヘミアの森から」が、♪メリー・クリスマス&ハッピー・ニューイヤーと、脈絡もなく流れていたりする。おめでたいのである。

ヨアヒムスタールのビスマス。 ビスマスは普通こんなに整った結晶形を示さないので、鉱滓から晶出したものじゃないかと思われる。つまりは無用の用。

ビスマス。こちらは Kunstproduct とあるので、はっきり天然モノでない。

ボヘミア産の白い銀星石(ドイツ語でも銀の星の石) こうまで白いのは初めて見た。

クレオフェーンと呼ばれるタイプの透明な閃亜鉛鉱。産地のハンガリー、シェムニッツは現スロヴァキアのバンスカー・シュチャヴニツァ。世界遺産の町である。12世紀以来の鉱山町で、銀や銅を掘り、18世紀半ばに最盛期を迎えた。1762年にはヨーロッパ初の鉱山学校が開かれた。当時の人口は4万人ほどで、ハンガリー第三の都市だった。

Braunspath 茶色閃鉱 アンケル石。シェムニッツ産。

錬金術師の魔法薬だったアンチモン鉱。現スロバキアのペルネク産。 ヴァレンチン鉱 

こちらも魔法のレッド・アンチモン、紅安鉱。 現スロバキアのペルネク産。本鉱とバレンチン鉱とは、今日ではすぐ近くのペジノク産と標識された標本が出回っている。

ハンガリーといえば、ハンガリアン・オパール。現スロヴァキアのチェルノウィッツ(チェルヴェニツァ)産。 cf. No.417

僕の好きなユークロアイト。なんだか Kurr の本にでも載っていそうな標本です。
この産地も現在はスロバキアのルビエトワ

レッソム石(鉱物和名辞典にはレットソム石と)。モノとしては青針銅鉱。 バナットは現ルーマニア西部、エルデーイ(トランシルバニア)の西隣の地域。

Fahlerz。訳すと、黝銅鉱。いわゆる(安)四面銅鉱。現ルーマニア、マラムレシュ県カヴニク産。カヴニクは古い鉱山町で、その歴史は1336年に遡るという。鉛、亜鉛、マンガンなどの豊かな鉱床があり、少量ながら金、銀、アンチモニーも産した。鉱物愛好家の間ではこれら金属鉱石の特級標本産地として知られてきたが、2008年以降この地域の鉱山はすべて閉止されている。坑口は閉鎖、坑道は水没、施設類は解体されているらしい。
ちなみにルーマニアではこの15年ほど、鉱山操業に関するさまざまなトラブルが環境問題として表面化している。
それにしても、現在はスロバキアやルーマニアの領土となっているこれらの地域が、かつてはいずれもハンガリーに属していたことが、図らずも標本ラベルから窺えるわけである。

ウラル、タコワヤ産のフェナス石の結晶。でかい。

Rotbleierz  「(シベリアの)赤い鉛の鉱石」と呼ばれたウラル産の紅鉛鉱 ヴォークランは本鉱から新元素クロムを発見した。

ちなみにオーストリア、スティリア州のKraubath an dur Murには発達した蛇紋岩帯があり、炉を築くレンガに用いられてきた。1810年、ヨハン大公はこの岩石からクロム鉱を発見して、クロムを用いた染色産業の振興に尽力した。

ウラル、エカテリンブルク産の孔雀石
バジョーフの名作「孔雀石の小箱」の世界である。銅山のあねさま、いいよね。

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