762.サファイヤ Sapphire (日本産)

 

 

sapphire

コランダム(サファイヤ) -奈良県香芝市穴虫産
(顕微鏡 対物4倍 透過光照明)

コランダム(サファイヤ) 米粒より小さく芥子粒より大きいくらい
 -奈良県香芝市穴虫産

 

奈良県の二上山は第三期中新世に噴出した安山岩質の火山岩からなり、少量の鉄ばんザクロ石や鋼玉(コランダム)・紅柱石珪線石などを含んでいる。
ザクロ石は暗い赤色で、大きさは径1ミリほど。金剛砂・金剛鑚と呼ばれ、研磨材として使う目的で昔から(少なくとも江戸時代から)採集されてきた。山金剛砂といって谷川に沿った母岩の表土を、雨あがりを選んで軟弱になったところを1mばかり掘り崩して採ったり、あるいは風化した土砂が堆積した麓の田んぼや川床(竹田川や太田川など)を掘った。田んぼの下、深さ 5mくらいのところにザクロ石が濃集して赤くなった砂鉱の層が見出され、1960年代に盛んに採掘されて研磨紙などに作られたという。稲作が終わった冬季に水を落とした田んぼを掘り上げ、砂鉱をとった後で上部の粘土層を埋め戻した。畦道を崩さないのが決まりだったので、その直下には掘り残しがあるそうだ(補記4)。ここのザクロ石は鉄分が多いのか、いくらか磁石に反応するため磁力選鉱が行われた。

コランダムは概ね青色。サファイヤといえる。径0.5ミリと小さいが(大きいと2ミリくらい)、なかに結晶形をとどめた透き通ったものが見つかる。硬度9だからザクロ石よりも硬いのだが、量がないし小さいし選別しにくいし、といくつかの事情が重なるのだろう、採掘の対象とはされなかったようだ。むしろ鉱物愛好家の御用達で、草下英明の「鉱物採集フィールド・ガイド」(1982)に紹介されているし、益富地学会館監修の「日本の鉱物」(1994)に美麗写真が載っている。小さすぎるといえばそれまでだが、ルーペや顕微鏡で覗けば、やっぱり宝石だ、と言いたい美しさである。
画像は板状の結晶。上の画像で虹色が見えているのはプレパラートに接着してあるための干渉縞だと思う。三角形の模様はc面の成長痕とみられる。コランダムは対称心を持つ三方晶系の鉱物で(−3m)晶族に属する。

補記:「金剛」とは一番硬いことを意味する。鉄ばんザクロ石はザクロ石の中でも硬く、硬度7.5。ただ現在ではもっと硬いダイヤモンドが金剛石と呼ばれる。余談だが、仏教経典の金剛経(金剛般若波羅蜜経)は英語にダイヤモンド・スートラという。金剛はインドの古代神話の神インドラが持つ武器、金剛杵(ヴァジュラ)のことで、すべてを粉砕し断ち切るもの、の意を含む(金剛杵は聖仙ダディーチャの骨から作られた。一般に極めて硬い金属ともダイヤモンド製とも語られる)。

補記2:「続日本紀」天平十五年(743年)九月己酉条に「斐太始は大坂沙を以て玉石を治む(磨く)人なり」とあり、この大坂沙が後に金剛砂と呼ばれるようになった。江戸期に穴串大坂と呼んだ土地で今の穴虫、大坂はここから河内へ出る長い坂を指した。「西宮記」に「金剛砂其れ大和国に有り」といい、「和漢三才図会」(1712)の雑石類、金剛石に、「金剛石は河内の二上嶽の谷から出る。粗細いろいろで、これを用いて水精・硝子及び諸玉石を鑽る。凡そ磁器に孔を穿たんと欲する者は、先ず金剛砂一撮をとって其処におき、杉木の錐で穿ち揉むと、しばしの後に孔と為る。」とある。
益富「原色岩石図鑑」は、この金剛砂/ザクロ石は二上火山の母岩が、基盤の領家変成岩を捕獲して分化晶出したものではないかという。安山岩中の黒雲母の K-Ar年代測定は 1,600万年前(中新世)の生成を示す。
金剛砂を取り出した尾鉱からは、取りこぼしのザクロ石のほか、上述のコランダム、紅柱石、珪線石、さらに頑火輝石、ジルコン、十字石、普通角閃石、ニグリン、自然金などが識別できるという。自然金!と聞くとさらに目がキラリと光る。

なお、柘榴石より硬度の高いスピネル(硬度8)や磁鉄鉱の微細粒を含む研磨砂にエメリーと呼ばれる類のものがある。これもまた金剛砂の一種と考えられる。大分県の木浦鉱山付近にはエメリーの鉱床があり、エメリー谷と呼ばれたあたりにはサファイア質のコランダムを含むエメリーを産した。

補記3:五木寛之の「風の王国」(1985)には、「むかし、二上山からサファイヤとれた。これ、嘘じゃないよ」と言い出す中華料理店主が出てくる。そのうち、「砂いじりは江戸時代の日本人の高尚なたのしみの種だったよ。」とか言い出して、金剛砂の小山をつまようじで分けてサファイアを拾い出す話を始める(江戸時代にサファイアって言ったのかしらん?)。そうして草下大人の「鉱物採集フィールドガイド」(1982)をおもむろに薦めたりするのである。
二上山にサファイヤが出ることは、今はテレビのバラエティ番組でも「採集に挑戦」とかやっているからもはや常識かもしれないが、80年代にはまだ知る人ぞ知る薀蓄だったのだ。ちなみに草下氏は知人に教えられて初めて「風の王国」に紹介されたことを知ったらしい。

補記4:「少年Aの採集記」(2019)の28話によると、「採掘が終わると改良土に入替えて、畦道も付け替える」というお話を工場の方からお聞きになっているので、すると掘り残しはないかもしれない。

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