765.チロル銅鉱-タンダン鉱 Tyrolite - Tangdanite (USA産ほか) |
中空構造から立派な花弁が発達するところが興味深い。
中心が実でなく虚であることは、案外大切なのかもしれない。
Dana 8th(1997) や 楽しい図鑑2(1997)でもそうなっているが、チロル銅鉱は長らく斜方晶系と考えられてきた。そのため、雲南地方東川地区の銅鉱山にチロル銅鉱類似の鉱物が見つかった時、単斜晶系であることから、(近縁の多形鉱物) 斜チロル銅鉱 Clinotyrolite として報告された(1980年)。組成は Ca2Cu9(AsO4,SO4)4(OH,O)10 ・10H2Oとされた。チロル銅鉱とは色味が若干異なるといわれた。
だがこれらの組成も結晶構造もすっかり判っていたのではなかった。その後、ラマン分光分析などによる研究が進むと、チロル銅鉱は(多型をもつ)単斜晶系であることが明らかとなり、斜チロル銅鉱はチロル銅鉱の多型の一つである可能性が指摘された。一方で炭酸イオンを含まずに硫酸イオンを含む性質から、多型ではないとの見方もできた(補記2)。
これが 2006年頃の状況だったが、その頃、やはり東川地区の
Tangdan 鉱山にチロル銅鉱類似の fuxiaotuite
なる単斜晶系鉱物が報告されていた。簡易組成式は Ca2Cu9(AsO4)4(SO4)0.5(OH)9
・9H2O で、2012年に名称を Tangdanite
(タンダン鉱:汤丹鉱)と変えて
IMA の新鉱物承認を得た(補記3)。mindat
の示すチロル銅鉱の組成式と比較すると分かるように、チロル銅鉱は炭酸イオンを必須成分として含み、タンダン鉱は替りに硫酸イオンを含む近似種という扱いである。
そして斜チロル銅鉱とタンダン鉱の比較が行われて、結果的に
2014年、斜チロル銅鉱は抹消された(もともと IMA-CNMMN
の承認をとってなかったのだそうだが)。
ここで疑問は、じゃあ従来知られていた(ベリーが示した)、炭酸イオンを含まないチロル銅鉱はどういう扱いになるのか、ということだが、特に決め事はないようである。目下のところ市場に出ている(分析されていない)標本は "Tyrolite - Tangdanite" の両名併記式でラベリングされるのが慣例で、オーストリアの(原産地の)チロル銅鉱はたいてい炭酸成分と硫酸成分を(僅かにせよ)幾らかずつ含んだ中間的組成のものであるという。また、画像2点目のスロバキア産の場合は、この産地の標本は 70%の確率で硫黄成分を含んでおり、タンダン鉱とみなすべきであるというまことしやかな説明のもとに、タンダン鉱として売られていることがある。まあ、いずれにしても、ほとんどそっくりの鉱物たちである。
余談だが、(画像1点目の)チロル銅鉱を手にした時、私はまだほとんど鉱物の知識がなく、なんだかチロルと関係がありそうだけど、アメリカ産だなあ…でも綺麗だから欲しいな、と思って引き取った。一度眼にすると忘れがたい美しい翠色の鉱物であって、長らくのお気に入りなのであります。
補記1:チロル銅鉱はかつて Aphrochalcite とも呼ばれた。ギリシャ語 aphros (泡)+Chalkos (銅)に因る。by E.F.Glocker (1847)。この名はヴェルナーが示した 名称 Kupferschaum (copper - foam/ 銅の泡)からきている。
補記2:斜チロル銅鉱が知られる以前は、硫酸イオンを含むものもチロル銅鉱の一種とされていた(そういうタイプも知られていた)。
補記3: fuxiaotuite はカールトン大学の Jeffrey de Fourestier 氏の中国での呼び名 Fu Xiaotu に因んだものだが、IMA-CNMMN が承認しなかったという。