830.テンゲル石 Tengerite (スウェーデン産) |
ガドリン石として入手した品で、色焼けした Ward's
Natural Science
社(米国ロチェスターにある理科教材の老舗店)のラベルがついていた。多分、古い標本なのだろうと思う。産地のイッテルビーは 1970年代中頃から採集禁止になっているそうだから、少なくとも表向き
40年以上前に採られたものとしなければならないが、私のゴーストはもっと時代が遡るだろうと囁く。
ラベルにはガドリン石のほかに Tengerite
の名もあったが、どの部分がそうなのか確信を持てずにいた。(それを言えば、実は黒色塊状部がガドリン石かどうかも見た目で判断するのは難しい)。先般、ウィーン自然史博物館を訪れた時に類似の標本を見つけて、ようやっとガドリン石表面の淡色の被膜だと得心した。
Tengerite (和名:テンゲル石)は 1838年にスウェーデンの化学者 C.テンゲルが A.F.スワーンベリと共に報告した物質で、この時彼らはただ「イットリアの炭酸塩」と述べるにとどめていた。これをデーナらが 1868年にテンゲル石と命名した。ベルセリウスが「イットリアの燐酸塩」と呼んだ物質が、後に別人の手でゼノタイムの名を得たのと似た流れである。テンゲル石はしかし、具体的な組成や特性が記述されないまま時が過ぎ、一方でロッカ石(Ca(Y,Gd,Nd,Dy)4(CO3)7 ・9H2O)(1970年)、木村石(Ca(Y,Nd)2(CO3)4・6H2O)(1986年)といった他の希土類(イットリウム)炭酸塩鉱物が記載されていく。その過程でいくつかの異なる(新種の)炭酸塩の標本がテンゲル石として報告される混乱も起こった。
日本では希土類鉱物の構造が研究される中で、沈殿法で合成した含水炭酸塩 Y2(CO3)3・2-3H2OのX線回折パターンが福島県飯坂(水晶山)産やノルウェー・ロゾス産の ”テンゲル石”のそれに一致することが見出され、宮脇律郎博士らがその単結晶を用いた構造解析を行って論文にまとめた。しかし発表前に IMA 新鉱物委員会から、原標本を検討して Tengerite の再定義を提案するよう勧告されて、これに従うこととなった。結果的にイッテルビー産の原標本はロッカ石(-Y)とランタン石(-Nd) ((Nd, La,Ce)2(CO3)3 · 8H2O)との混合物であることが分かり、改めて前記の組成を持つイッテルビー産と飯坂産の標本を特定して新原標本とし、組成・物性を定義したテンゲル石が記載された。ただし自然標本は結晶構造が明瞭でなかったため、合成物によってテンゲル石型構造を定めたという(1993年)。
テンゲル石の自形はおそらく針状で、放射状に集合することがあるが、たいていは皮膜状、粉末状で産する。画像の標本が古いものだとすると、再定義されたテンゲル石を含むのかどうか、あるいはロッカ石や木村石やランタン石(の混合物)であるのか、そのヘンはあまりはっきりしたことが言えない。この点について私のゴーストは沈黙を守っている。てか、たいていの希土類二次鉱物は混合状態で産するものである。