826.ガドリン石-(Y) Gadolinite-(Y) (スウェーデン産)

 

 

Gadlinite from Ytterby

ガドリン石 (黒雲母の層間に長石、石英などと共に挟まる黒色粒状)
-スウェーデン、ウプランド、ヴァクスホルム近郊、レサレ島イッテルビー産

 

西洋化学史を錬金術の時代と近代化学の時代とに分けるとすれば、17世紀後半〜18世紀前半頃をその移行期とみることが出来るだろう。「元素発見の歴史」の著者ウィークス/レスターは「錬金術師の元素」という一章を設けて、砒素アンチモンビスマスを挙げているが、いずれも18世紀までに発見されたものである。18世紀には亜鉛、コバルトニッケルマンガンが金属元素として単離された。亜鉛以外の3者はスウェーデンで発見されている。また、「18世紀末の20年間に、クロムモリブデンタングステン、ウラン、テルル塩素チタン、ベリリウムの発見の端緒となるような研究が行われた」(同書)
そして18世紀末から19世紀初にかけて、希土類元素の発見史が幕を開ける。これらの多くもまたスウェーデンを起源とした。というより、スウェーデン(やノルウェー)で発見された鉱物の中から、錬金術の衣鉢を継ぐ精妙な抽出技法を駆使した欧米各国の化学者たちが、長い歳月をかけて分離していったのである。

スウェーデンの首都ストックホルムの北東、直線距離で20キロほどのところにレサレ島(リサラ島/レザロン島)がある。この鄙びた島の南東端のイッテルビー村(はずれにある村の意)で長石が採掘されるようになったのは 1780-90年頃だった。
ヨーロッパでは中世以降、中国製の磁器が貴重品として珍重されてきたが、18世紀の初め、ドイツのザクセン地方で F.W.v.チルンハウスと錬金術師の J.F. ベトガーとが製法の謎を解いた。彼らは磁器の原料がカオリン、石膏、長石などであることをつきとめ、フォークラント地方アウエ鉱山の鉱石を原料にして、素焼きを経ずに釉薬をかけた器を高温焼成する方法によって、白磁を作り出したのだった(cf. No.90 追記4
ザクセン公は製法を秘匿したが、18世紀後半には磁器の需要が増えてヨーロッパ各地に磁器窯が据えられており、カオリンや長石を掘る鉱山が開かれるようになった。イッテルビー鉱山もそのひとつで、1750年頃(以前)はウプランド北部の鉄工所やストックホルムのガラス工房向けに珪石(フリント)を出荷していたが、この頃から長石も採るようになって磁器の原料に仕向けられた。

さて、カール・アクセル・アレニウス(1757?-1824) という砲兵連隊所属の軍人があった。ストックホルムの生まれで、王立造幣局の研究所で火薬の試験法を学んで以来、鉱物学に深い関心を持ち続けた。ストックホルム湾口を守備する砲台を据えたヴァクスホルムの要塞に勤務した時は、近所のイッテルビー鉱山のズリ場を歩き回って珍しい石を探すのを楽しみにした。
丘の上のペグマタイトの露頭を掘る鉱山では主に石英、肉赤色の微斜長石、灰白色のオリゴクレース、黒雲母を産したが、ほかにもさまざまな鉱物が出た(補記1)。1787年、アレニウス大尉は肉赤色の長石の中に黒い貝殻状の鉱物を見つけた。アスファルトか石炭に似ており、非常に重たかった。彼はこの石をイッテルバイト(あるいはイッテライト)と呼んだが、当時発見されたばかりの重たい新元素タングステンを含んでいるものと考えて、知り合いの化学者たちにサンプルを送った。

バルト海を挟んで対岸にあるオーボ(当時スウェーデン領:フィンランド名はトゥルク)の大学にいたヨハン・ガドリン(1760-1852) はその一人だった。1792年に受け取ったサンプルを分析したところ、成分の38% が未知の土類(酸化物)であると考えられた。ガドリンは 1794年に成果を報告し、1797年にA.G.エーケベリ(1767-1813)が追認して土類をイットリアと名付けた。エーケベリはイッテルバイトの成分を イットリア 55.5、石英 23.0、グルシナ(=ベリリア:ベリリウム酸化物)4.5、鉄酸化物 16.5、揮発性物質 0.5 とした。
ヴォークラン(1763-1829)やクラプロート(1743-1817)らもイットリアを研究した。クラプロートはガドリンに敬意を表して、アレニウスがイッテルバイトと呼んだ黒色鉱物をガドリン石と呼んだ(1800年)。以来、本鉱はガドリン石として知られる。ガドリンは1822年に引退するまでオーボ大学の化学教授職にとどまり、イッテルビー産の鉱物の研究をこよなく楽しんだ。
イットリア(酸化物)を構成する元素と考えられたイットリウムは 1828年にヴェーラーによって単離された。
またイットリアにはほかの希土類が混合していることが明らかになった。1843年にイットリアからテルビアとエルビアが分離された。この2つは後に名称が入れ替わってしまったが、もとのエルビア(のちのテルビア)からは、テルビア(テルビウム)とガドリニア(ガドリニウム)が分離された(1886年)。一方もとのテルビア(のちのエルビア)は、1878年にエルビアとイッテルビアに分離された。少し端折るが、イッテルビアからはスカンジウム、イッテルビウム、ルテチウムの元素が、エルビアからはエルビウム、ホルミウム、ジスプロシウム、ツリウムが、最終的に得られた。
これらの希土類のうち、イットリウム、テルビウム、イッテルビウム、エルビウムはいずれもイッテルビー村の名を語源としている。ガドリニウムは J.ガドリンに因む。 スカンジウムはスウェーデンのラテン語名スカンジアから、ホルミウムはストックホルムのラテン語名から、ツリウムは諸説あるがスカンジナビア地方を指す古いラテン語名トゥーレから採られたと考えられている。

ちなみにガドリンの報告を追認したエーケベリは、イッテルビーとファールンから産する珍しい鉱物の多くを研究している。彼はイッテルビー産のイットロタンタル石を発見して、以前から錫ザクロ石の変種と考えられていたキミト産のタンタル石と併せて分析し、いずれにも未知の金属が含まれていると結論した(1802年)。その解明は困難に満ちていたので、新元素をタンタルと名付けた。ギリシャ神話のタンタロスの苦しみを連想したのだ。

ガドリン石は組成 Y2FeBe2(SiO4)2O2、イットリウム(希土類)と鉄とベリリウムの珪酸酸化物である。若干の放射性元素を含む。当初はイッテルビーとファールン付近のフィンボーでしか見つかっていなかったが、今日ではスウェーデンに少なくとも15ケ所以上の産地があると報告されている。典型的なペグマタイト鉱物のひとつで、石英、カリ長石、黒雲母、ジルコン、褐れん石など花崗岩質ペグマタイト中に産する。加藤昭博士によると、緑柱石とは背反関係にあって共存しないとみられ、また白雲母も同時期生成物としてははほとんど産出しない、鉄電気石、紅柱石、コランダムなどAl に富む鉱物の出現も知られていない、という。

cf. No.830 (ガドリン石とテンゲル石)

 

補記1:イッテルビーのペグマタイトからは、現在約50種の鉱物が報告されている。希土類を成分とするものはガドリン石のほかに、褐れん石バストネス石、フェルグソン石、木村石、ランタン石、ロッカ石、モナズ石、ポリクレース、テンゲル石、トルトベイト石、ゼノタイム、イットロタンタル石などがあり、オンパレードといった感じである。
(同一ペグマタイト中でのガドリン石とモナズ石との共存はないとされている(加藤博士)ので、上記すべてが同じペグマタイト脈に揃うわけではないと思われる。)

補記2:イッテルビーで採れた珪石(石英)からは、珍しい色の釉薬を作ることが出来たという。含有する希土類元素のためだったと考えられている。

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