897.アノーソクレース  Anorthoclase (メキシコ産)

 

 

 

moonstone anorthoclase

Anorthoclase moonstone from Pili mine

アノーソクレース var.月長石 - メキシコ、チワワ、カマルゴ、ラ・ピリ鉱山産

 

 

ムーンストーンは「無色透明〜乳白色の長石で、白〜青色の閃光が見える宝石。閃光の具合や位置は光の加減で変化する」といえば、だいたい当たっていると思われる。宝石の品質にはピンキリあるから、どこまでがムーンストーン(宝石)でどこからはタダの標本か、といった区分はなかなか難しい(というか鉱物標本の収集家にはタブーの質問であろう)。

同じムーンストーンでもスリランカ産だアデュラー産だと産地によって区別したい向きもあろうし、ほぼ純粋なカリ長石(氷長石)がいいとか、曹長石成分の多いものがいいとか(スリランカのミティヤゴダ産は曹長石成分が 30-50%くらい入り、比率が低いと白色の、高くなるほど青味の強いシラーを発する傾向がある)、あるいは閃光の強さは斜長石系が優るとか(屈折率は斜長石系の方がやや高い)、鉱物学的な知見を踏まえて区別する向きもある。亜種名(もとは種名だった)を使って細分する向きもある。 cf. 長石の名称表

高級宝石の市場では、カリ長石のムーンストーンだけが正調で、斜長石系のムーンストーンはムーンストーンと呼ぶべきでないと言われることがあるが、では何であるかと問えば、アルバイトだとかペリステライトだとか、オリゴクレースだとかアンデシン・ラブラドライトだとか、ラブラドライトだとかバイタウナイトだとか言い出すので、話が却って分かりにくい。そして同じ産地の石がさまざまに判定されて収拾がつかない。カリ長石なら、アデュラリアでもサニジンでもオルソクレース(正長石)でもどれでもいいんですか? どれでもよくないとして、区別する意味あるんですか? と訊いてみたい(←イジワル)。

鉱物市場でも同様のことがなくもない。 No.209のインド産の標本(上)は 90年代中頃、貴石原石を扱うお店で「ムーンストーン(月長石)」として入手したが、同じ頃、別の標本専門店さんは「ムーンストーンではないようです…」と仰られて、正確な情報が分かるまでと、仕入れた商品の販売を見合わせられていた。今ムーンストーンとして貴石市場に出回っているのはこのインド産が主流である。
一般には鉱物愛好家はあまり厳密なことを言わない(言う必要がない)もので、米国の権威だった J.シンカンカス博士や F.H.ポー博士は、正長石でも斜長石でも反射による閃光(シーン)を示すものをムーンストーンと呼んだ(※ちなみに米国人にはアデュラリア(氷長石)への思い入れがない)。楽しい図鑑は、インド産とスリランカ産を氷長石に属するムーンストーンと呼び、朝鮮にはアノーソクレースのムーンストーンがあること、斜長石系のムーンストーンもあることを述べている。ムーンストーン効果のある長石は字義通りムーンストーン(月長石)でいいじゃないか、というわけ。
このページと No.126 の標本はメキシコのラ・ピリ鉱山産で、それぞれ別の標本専門店さんで求めたものだが、いずれも標本ラベルに月長石(ムーンストーン)とあり、鉱物種名の記載はなかった。種名の分からないものでも普通に売られているのがこの世界の寛容なところである。

ラ・ピリ鉱山はチワワ州中部、ナイカ鉱山地域のすぐ東の低い丘陵地帯にある。このあたりの丘の晶洞中に月長石の結晶が発見されたのは 1970年代初だったと推測されているがはっきりしない。その後 1982年に新しく拓かれた 30mほどの掘り出し溝がラ・ピリ鉱山にあたる。この時、ある巨大な晶洞からムーンストーン効果を示す宝石質のアノーソクレース結晶が 100kg 近くも採れて、大きなものは 5cm 大あった。ある日系企業がそっくり買い取ってアジアの宝石市場に流したといわれる。
その頃は標本市場に回ってくるラ・ピリ産の月長石はほとんどなかったが、90年代中頃にベニー・フェンが群晶標本数百点を米国で販売したことから知られるようになった。「鉱物コレクターにとって、この大陸でかつて見ない最上級の群晶標本であろう」とシンカンカス博士は述べた(1997)。

ラ・ピリ産のムーンストーンがどの鉱物種に属するかはナゾで、アノーソクレース、サニジン、オリゴクレース、アルバイト、ペリステライトなどさまざまな(亜)種名で扱われている。シンカンカス博士はオリゴクレースとしたが、その後唯一と言われる分析例に Ab58-Or42があり、一応アノーソクレースではないのかなとみられる(数値的にサニジンとの境界付近なので、実際はどちらもありそう)。
90年代後半にベニー・フェンが採掘権を手離してからは新たな採掘が行われていないという。周囲の地域が軍用指定地に設定されたため、地上からのアクセスがかなり難しいらしい。

アノーソクレースは組成的に曹長石(Ab)とカリ長石(Or)との中間物質で、概ねAb90-Or10〜Ab63-Or37の範囲に入る。灰長石(An)成分は 20%程度まで含まれ得る。アルカリ流紋岩や粗面岩、響岩などアルカリ火山岩中に斑晶として産することが多いが、石基を構成することもある。
Dana 8th は「たいていのものが青いシラーを示し、従ってムーンストーンの語の下に含めていいだろう」と持って回った記述をしている。ノルウェー産の建築石材ラルビカイト(通称ブルーパール)はこれに含まれる(オリゴクレースと正長石との互層構造を形成してシラーを示す)。
日本では長野県大町市の木崎湖周辺に産する木崎流紋岩(アルカリ石英斑岩)中の斑晶が、青いシラーを示すムーンストーンである。

補記:ポケットガイド本 "SImon & Schuster's guide to Gems and precious stones"(1986) は アデュラリア・ムーンストーンとアルバイト・ムーンストーンの2項を設けているが、いずれも同じ光彩効果(アデュラレッセンス)を持つムーンストーンであり、強いて区別する必要があるなら比重を測れ、と述べている。

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