898.ヴァレンシアナイト Valencianite (メキシコ産)

 

 

 

Valencianite バレンシアナイト

Valencianite バレンシアナイト

ヴァレンシアナイト −メキシコ、グアナフアト、バレンシア鉱山 No.1産

 

 

鉱物の分類はいろいろな方法が考えられる。古くはその色や外観的特徴(形状や光沢、組織の具合など)、産地といった情報を組み合わせた分類が有効で、これは今も鉱物愛好家がコレクションに対して発揮しうる現実的な方法である。
18世紀から19世紀前半にかけては、化学成分の分析と数学的な(自形)結晶系の概念が、岩石鉱物を専門に研究する人々の間で導入され、「鉱物種」として整理・記載されていった。
19世紀後半には光学スペクトルを利用した定性分析が、20世紀に入るとX線を利用した定量分析や結晶構造の解析が可能になって、同定の手間を大幅に軽減しかつ精度を高めた。
20世紀後半にはほかの光学的手法も発達して、肉眼では判別のつかない鉱物の区分はもとより、結晶構造内の(原子の配置)秩序の程度を判断することも出来、組成の違いをより細かく区分することが可能になった。またごく微小な検査領域に絞った分析が行われるようになった。その結果が、現在の記載鉱物種の急増と分類体系の再整理に繋がっていると思われる。
国際的な研究者団体である IMA の命名委員会が認める鉱物種は 5,700種を超え、30年ほど前(楽しい図鑑が出た頃)と比べると5割以上増えている。そのうち主要鉱物と目されるのは 300種ほどだ。

ところで、もしあなたが鉱物の研究をして、成果をほかの研究者や職業専門家の方々にも知ってもらいたいと思うなら、この「正式の」鉱物種名を利用するのは基本である。一意的な種名は彼らの間のいわば国際語なのだ。その言葉を使って理解を共有する。
では石好きの人々の間で、鉱物の話題を語り合うには? 正式の鉱物種名を使うのはもちろん自由である(特に使用料を取られたりしない)。いわゆる亜種名・別称(廃名)、OKである。世間の言葉(俗名・商用名)を使って語るのも自由である。自分で石に名前をつけて呼ぶのも自由である。そもそもモノに名をつけるのは人間の本能であり、生得の権利であり、新しい言葉の生まれる源なのだ。
あら? そんなことを言いたかったわけではないのだが…
ともあれ学術用語は曖昧さを回避してシンプルに一意性を確保することが肝要であるが、世間一般の我々は、むしろゴマンとある(ありうる)多様な名称を使って、趣味の世界を豊かな情緒性(ノスタルジアもアレゴリーも)と発展性を具えたものにしてゆくのがよいと思う。
(※日常生活の中で、花や虫や動物の名を学名で呼ぶ一般人はまずいない。石の名前もそうであって何故悪かろう?)

No.431 (No.542) に氷長石 Adularia を紹介した。これは IMA種名ではないが、れっきとした鉱物学用語で、日本鉱物科学会編の事典(2019)でも使われている。事典によれば、「菱形の形状を示す」、「顕微鏡下では複雑なセクター構造を有し、セクターごとに正長石〜微斜長石の範囲で Si-Alの秩序状態が異なっている」カリ長石だ。日本は氷長石の研究では 20世紀の世界をリードしていたらしい。
氷長石ははじめヨーロッパ・アルプスで発見されて、一時は鉱物愛好家間の熱狂を喚んだ。またムーンストーン効果のあることからカットして宝石にも作られた。いわゆるアルプス式脈や中低温熱水脈に産する。

アルプス式脈とはペグマタイトに対比する言葉で、すでに形成された岩石(火成岩)が造山運動に伴う褶曲作用などを受けて分離して生じた脈状の空隙で、普通は閉空間となっている。閉じる以前に空隙に侵入した熱水と母岩との相互作用によって、さまざまな鉱物の自形結晶が出現する。中〜低温で生成されるため、高温で結晶した同種の鉱物と違った特徴を持つことがある。
スイスやオーストリアのアルプスでは、水晶や氷長石、ペリクリン(曹長石)などが有名で、水晶にはテッシン晶癖(ハビット)と呼ばれる柱面が傾斜して槍の穂先のように見えるものや、細くて針のようなニードル水晶、捩れながら平行連晶したグウィンデル(グビンデル)が名物となっている。
氷長石はサニジンや正長石と成分は同じだが、結晶形が違っている。
一般にアルプス式脈に産する鉱物は、母岩を構成する鉱物の自形結晶面が空隙に現われたといった出方でなく、母岩から独立していきなり生えているように見えることがあり、ペグマタイトの産状と区別しやすい。また熱水が何度も侵入して生じる層状の沈殿構造は普通見られない。

画像の標本はヴァレンシアナイト(バレンシアナイト)という。19世紀にメキシコの銀鉱山で発見されたカリ長石で、1830年にドイツのブライトハウプトが産地に因んで命名した。氷長石と同じ結晶形だが、(熱水)金属鉱脈の脈石として生じたものである。アルプス産の氷長石は透明性が高くガラスのようだが、ヴァレンシアナイトはむしろ不透明で、雪白である。真珠光沢を示す。結晶の表面に微細な水晶や方解石の結晶が付着していることが多い(これらより先に晶出した)。アルプス産は緑泥石を伴う。
氷長石と同一視されて、 Adularia var.Valencianite などとその亜種のように扱われるが、氷長石は種名ではないので、先に作られた名称を慣例的に優先しているわけである。

グアナフアトは 13世紀に遡ってアステカ族が銀を掘った土地と見られ、征服後スペイン人もこの地方の豊富な銀産に着目していた。ヴァレンシア鉱山は 1774年頃から大規模に開発されて金銀を掘った。世界の銀産の 2/3を占めたこともあったという。
エル・チロ総シャフトという巨大な縦坑は 1807年に 548mの深さに達し、メキシコ鉱業の驚異と呼ばれた。北回帰線のやや南方に位置し、夏季には太陽がほぼ中天に登る。縦坑の底まで差し込んだ直射光で書類を読むことが出来たという。19世紀にはさまざまな銀鉱石の標本を多産した。ピンク色の魚眼石も有名。ヴァレンシアナイトは 1960-70年代によく出回り、その上に六角短柱状でレモン黄色のミラー石が付いた標本もあった。

カリ長石のSi-Alの秩序状態について No.430 に詳しく述べたが(秋月博士の受け売り)、高〜中温度で生成するサニジンは秩序が低く、中温で生成する正長石は中程度の秩序を持つ。微斜長石は高秩序のもので、低温に安定領域を持つ。(No.432 末の長石分類表も参照)
微斜長石は正長石が長い時間を経て変化して生じるのが普通で、中〜低温の熱水脈に晶出するカリ長石は氷長石の形態をとる。
アルプス産の氷長石は比較的高めの温度で生じるらしく、正長石に近い秩序を持つ。日本の金銀鉱山(清越鉱山など)に産する熱水式の氷長石の多くはヴァレンシアナイトにあたり、サニジンよりの低秩序を持つことが多い(秋月)。カリ長石が金属鉱脈の脈石をなす産状は珍しいそうだ。
産状など特徴の違いを踏まえて、氷長石とヴァレンシアナイトとを分けて呼んだ方がいいという説もあるが、種名でないので研究者間でも強制力はない。

ヴァレンシアナイトの標本は今も時々出回っているが、日本の鉱物図鑑にはほとんど言及されていないので、盲点になっている愛好家があるかもしれない。

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