431.氷長石 Adularia (スイス産ほか)

 

 

Adularia

アデュラリア(氷長石)
内部に微小クラックによると思しいアイリス(イリデッセンス)が見える。

アデュラリア 氷長石

アデュラリア(双晶)、灰緑色パウダー状の緑泥石を伴う
−スイス、グラウビュンデン、セドラン産

オルソクレース(ver. アデュラリア) 
−イタリア、トレンチノ、ボルツァーノ、フォンテ・アル・ロキア産  

 

アデュラリアとは何か。和名の「氷長石」が示すように、氷のような長石である。ふむ。
カリ長石であるオルソクレースの特殊な形態で、ヨーロッパアルプスに産する透明感のある結晶だ。なるほど(ほかにも産地はあるけれど)。
200℃程度の低温熱水脈中に成長したため、熱的平衡状態から大きくはずれた構造を持ち、自形結晶は普通のオルソクレース(正長石)やサニジンと異なり、(010)面のない(または発達しない)独特の形を示す。むん。
だいたいそんなところであるが、地元のアルプスでは普通のカリ長石でも透明度が高ければアデュラリアと呼ぶことがあるという。標本を求めるときは、いちおうラベルを鵜呑みにしないで形状もチェックした方がいい。

この石が公に認められたのは 1780年で、ミラノの聖職者にして博物学者エルメネジルド・ピニ(1739-1825)がこの年、スイスのゴットハルト(サン・ゴタール)を旅行した時に入手した透明度の高い長石をアデュラリア・フェルドスパー(アデュラーの長石)と名づけて報告したのである。彼はこの石がアデュラ山地に産すると考えたのだが、実際にはアデュラ山地はゴットハルト地方ではなく、東隣のグリソンズ地方にあるという。
ゲーテは1796年にゴットハルト街道沿いのホスペンタールに旧知の神父を訪ねた時、料理女からアデュラリアの標本を勧められたようで、次のように書いている。「10月 3日。…料理女の鉱物販売。彼女はわれわれに大量の氷長石を見せてくれた。このようなものをどこから採取してくるかの話。鉱物収集の流行はいろいろ変わる。最初は水晶、それから長石、それに続いて氷長石、そして今は赤色電気石レッド・ショール:ルチルのこと。1793年、この鉱物から新元素チタンが報告されていた-SPS)である。」と。また、10月17日に枢密顧問官宛てに書かれた手紙には「私たちが旅行中さかんに岩石を叩いていたことは、お察しのとおりです。私はそれらをほとんど正当と認められる以上に荷造りしました。しかし、何十キロもある氷長石のあいだに座をしめて、どうしてそれらを控えることができるでしょうか。いくつもの既知の鉱物にまじって、いくつかの珍しい華麗なものも持って参ります。」とある(「スイス紀行」木村直司編訳 )。ゲーテはどうやら採集場所を聞き出して、自分でヤマほど採って帰ったようだ。

オルソクレースは一般に曹長石との間で互層をなすパーサイトとして存在するが、このような結晶は各層の境界で光の散乱や(乱)反射が起り、透明度が低くなりがちだ、とNo.430に述べた。しかしアデュラリアは、ほぼ純粋な成分のカリ長石でパーサイト構造を持たない。だから上記の光学的現象は起こりにくく、透明度も高い。
…といいたいところだが、実際には水のように透明な結晶は少なく、やはり氷、それも電気冷蔵庫で急冷して作ったような氷の白さ、あるいは氷砂糖や擦りガラスの透かしぼけた白さになっている。双晶として産出するのが普通で、細かく繰り返し双晶していることも多いらしいので、そのためかもしれないし、ほかにも原因があるかもしれない。

一方、カリウムに富みナトリウムに乏しいオルソクレースの一種で、たな霞む青空の青さの眩暈をまとったムーンストーンという宝石がある。こちらはカリ長石と曹長石との、電子顕微鏡的な微小葉片状組織が入り混じったクリプトパーサイトで、それも各層の厚さがちょうど可視光線を反射〜回折させて干渉を起こす程度に発達している。そのため組織による反射光の散乱と干渉効果とが相乗して、シラーまたはアデュラレッセンスと呼ばれる特徴的な青白い閃光を放つ。
パーサイトではあるが比較的透明なので、かつてアデュラリアの一種とみなされていた。それでムーンストーンの閃光をアデュラレッセンスと呼んだのだが、20世紀のはじめにX線の回折現象を応用した結晶構造解析が行われ、違いが明らかにされた。本家アデュラリアはふつうアデュラレッセンスを示さない。(※というわけではないようで、アデュラー産のムーンストーンがある。追記参照。)

アデュラリアに見られる双晶はマネバッハ式やバベノ式が多いという。が、僕には…以下毎度おなじみの科白。下のイタリア産には単結晶らしき形の部分もあるが、よくみると結晶面に反復双晶を暗示する刻み目が入っている。僕には…以下同文。スマソ。

cf. No.204 曹長石  No.430 正長石  No.432 ラブラドライト(長石類の分類・区分)

 

オルソクレースの結晶双晶概念図
シンカンカス著アマチュア鉱物学より

 

追記:宝石鉱物が示す光彩効果の鉱物学的研究は、秋月瑞彦博士の一般向け科学書「虹の結晶」に詳しい。ネット上では宝石学界誌 Vol.3 No.1 (1976年)の論文「光を放つ宝石2」が閲覧可能で、なぜ月長石(ムーンストーン)のシラーがアデュラレッセンスと呼ばれるかについて歴史的理由を紹介されている。
アデュラリアは透明な長石だが、透明であれば正長石などの(一般的な)カリ長石もアデュラリアと呼ばれることがある。そして透明な月長石はシラーを示すアデュラリアの変種と考えられるようになった。
「そこで月長石の閃光を本家の名前をとり、アデュラーレッセンスと長らく呼ばれてきたのである」と。その後、月長石とアデュラリアは「別々の鉱物で、変種ではなかった」と分かったが、「アデュラーレッセンスという言葉だけは、訂正されることなく、前世紀そのままに生き続けてきた」(秋月)というわけである。(※現在はアデュラリアは不平衡状態で生じた低温生成のカリ長石で、複雑なセクター構造を持ちセクターごとに光学的性質/結晶秩序の度合いを異にするものと考えられている。)
ちなみにブラウンズ著/スペンサー訳「鉱物界」(1912)は、「アデュラリアの標本の中には、とりわけセイロン産に、光線に対してある決まった位置をとると月の柔らかな光のような強い青白色の反射が観察されるものがある。この変種はそのためムーンストーンとして知られる…」、と述べている。ムーンストーンにクリプトパーサイト構造が発見され、アデュラリアとの違いが示されたのはこの後のことだった。

ところで「本家アデュラリアはふつうアデュラレッセンスを示さない」と私は本文に書いたのだけれど、また秋月博士も「アデュラリアは特殊な光を放つ鉱物では決してない」と述べておられるのだけれど、世の中には青白いシラーを示す本家ゴットハルト産の(独特な結晶形の)アデュラリアが存在している。またカットして磨くと、ぼんやりした白い光条を示す石や乳白色に潤んで見える石がある。つまりムーンストーンである。

歴史を辿れば、ムーンストーンという言葉はヨーロッパでは 17世紀半頃から使われ出した名前で、古代ローマにセレニテスと呼ばれた宝石から出たらしい。同じく透石膏(セレナイト:月石)の名の語源でもあるが、「マリア・ガラス」と雅称された透石膏の白い光は、たしかに清浄感を伴う月光を想わせる。
一方、18世紀半頃にはクロンステットその他の鉱物学者が、シリカ系(水晶やカルセドニーの類)の宝貴石としてムーンストーンやキャッツアイ、ジラソル、ウォーターオパールを同列に並べている。これらに見られる白い光(筋)は真珠の柔らかい光に擬され、物質的な性質の違いに関わらず、同様に描写されてきた。
ある種のムーンストーンは長石(フェルドスパー)に分類され、例えば J.G.シュマイザーの「鉱物学体系」(1794年)には、ギュメリンのフェルドスパツム・ルナエ(月長石)、ウェルナーのアルジラ・フェルドスパツム・ルナエ(礬土月長石)の呼称が示され、セイロン島に産すること、この種はおそらくアデュラリアに分類されるものであることが述べられている。
(アデュラリアは)「たいてい白色で、時に若干の緑味や黄白味を帯び、薄層状組織を持つ。表面の薄層はしばしば様々な色の光を反射する。その輝きは真珠母のそれによく似る。普通の長石より硬く、概ね半透明である。…スイスの St.ゴッタルド、ドフィーネ、セイロン、ライプチヒ近くのアルトランスタットに産する。」と。(※ここに言う薄層状組織は肉眼的/光学顕微鏡的に観察可能なもので、ミクロンオーダー以下の微細なクリプトパーサイト構造のことではないと思われる。)
文献上でアデュラリアをムーンストーン(Mondsteinの長石種)に列したのは A.G.ウェルナーが最初とみられる(クロンステットの著書のドイツ語版 1780年)。

18世紀末のアデュラリアの発見以来、ムーンストーンはヨーロッパ(特にドイツ語圏)で高い人気があったらしい。クールの「鉱物界」(1859)に、「(オーストリアの)ツィラータールや(スイスの)St.ゴッタルドに産する、無色透明の(長石の)結晶はアデュラリアと呼ばれ、磨くと独特の輝きを見せるものがあり、そのためオパレッセンス(蛋白光)を示す長石をムーンストーンという」とある。
傍証ではあるが、ムーンストーン(カリ長石)に関する GIAのネット記事は、スイスのSt.ゴッタルドが最初の産地であったとし、久米武夫「通俗宝石学」(1927)は「産地としては従来瑞西のセント・ゴサード地方であったのであるが、現今にては錫蘭島に於いて世界需要の殆ど全部を供給して居ると謂う。…無色の長石はこれに往々小面を付して琢磨せられ恰も石英の如き観を呈するものがある。」と述べている。
空想の宝石結晶博物館さん(月長石の項)は、「ドイツとスイスでも人気が高い宝石です。スリランカ産の月長石の大半はドイツとスイス向けに輸出されていました。恐らくアデュラー山から採れた氷長石のムーンストーンが昔からスイスとドイツとで人気があった、その名残かと思います。」とされている。

スリランカのミーティヤゴダ鉱山が枯渇し閉山した1987年以降、ムーンストーン(カリ長石)の良品は一時的に市場から姿を消したが、代わってインド産のレインボー・ムーンストーン(ラブラドライト〜バイタウナイト)が市場を獲得した。その中にスリランカ産の最上品に匹敵する青いシラーの出るものがあったが、ドイツの業者が驚くほどの高値ですぐに買い占めたため、米国やほかの国際市場には全く回らなかったという。ドイツ語圏の買い手はそれだけの対価を払っても質のよいムーンストーンを欲しがるということである。
なお彼らにとって最上のムーンストーンとは、完全に無色透明な石に青空を映したかのような深い青色のシーンが浮かび、それが光の加減でドーム/テーブル面の全体にわたって動くものという。そんな石は決して多くない。

ムーンストーンの光学的効果はさまざまな言葉で表現されてきた。アデュラレッセンス、シラー、シーン、ジラソル、真珠光沢、シャトヤンシー、乳白状(ミルキー)、オパレッセンス…(※スリランカ産のムーンストーンには乳白・絹糸状の閃光を放つものもある)。アデュラリアの青白い輝きはまた魚や狼の眼に喩えられ、フィッシュ・アイ、ウルフ・アイの別称も与えられた(補記)。こうした形容語の氾濫の中では若干の混乱も生じたようである。
米国の鉱物学者 P.クリーブランド(※曹長石/クリーブランダイトに名が残る)は、アデュラリアを「幾分か不透明だが、澄んだ透明なものもある。色は白色で、多少乳白状ないしは淡い緑、黄、赤色味を帯びる。特定の位置におくと白い反射光があり、それはしばしば淡い青または緑味を帯び、真珠ないし銀の光沢を示すことで識別できる。こうした反射は、結晶の内部のある種のスポットから発せられる」と述べ、ウォーターオパールやジラソルと呼ばれたイタリア産の貴石をアデュラリアの類に含める一方で、彩光を放つラブラドライトをオパレッセント・フェルドスパーの代表に挙げている(1819)。ついでながら今日、マダガスカル産のミルキークォーツはジラソルの名で呼ばれる。

こうして一連の歴史的経緯を辿ってみると、アデュラリアはムーンストーンと呼ばれる宝石の中の一つであり、アデュラレッセンスはムーンストーンの光彩を表現する言葉の中の一つであることが分かる。
現時点の私としては、真珠のような光彩・光沢を見せるアデュラリアが存在し、少なくとも 19Cにはアデュラー産がムーンストーンとして扱われていたのであれば、スイスやドイツの宝石業者がその輝きをアデュラレッセンスと誇称したことはなんら不思議でなく、20Cにスリランカ産やインド産のムーンストーンが主流になってもアデュラレッセンスの語が残ったことは彼らの本懐であるに違いない、と考える。
もっとも「アデュラレッセンス」は欧州でこそポピュラーであるが、米国その他(日本を含む)の宝石市場ではあまり馴染みのないもので、「(ブルー)シラー」「シーン」「オパレッセンス」が一般的。

なお近山晶「宝石宝飾大事典」は、アデュラレッセンス、オパレッセンス、シラー、ジラソル、シーンについて、次のように解説している。
アデュラレッセンス:ムーン・ストーンに見られるシラー(シーンともいう)のことで、これがスイス、アドゥーラ山地から産出されたカリ長石の一種(アデュラリア)の中から、最初にこの光の効果を示すものが発見されたことから、アデュラレッセンスの名が生まれた。
オパレッセンス:蛋白光ともいう、鉱物の内部からくる蛋白石のような乳白色または真珠色の光の反射をいう。ただし宝石オパールの遊色効果とは異なる。
シラー:シーンとも言う。代表的なものは、ムーンストーンに見られる影のある特有の青白い光の反射現象であり、アデュラレッセンスともいわれる。…(微細な層状組織による光の干渉と内部反射作用の説明が続く)
ジラソール
:この名称は、宝石の光の特殊効果の漠然としたものを表す時に用いられてきたため、種々の石に適用され、明確さを欠いている。ジラソール・サイファイアに適用されるように、ややぼんやりしたシャトヤンシー効果を示すサファイアをいい、またファイア・オパールの別名でもあり、あるいは帯青色の遊色効果を示すウォーター・オパールに対しても用いられる。またムーンストーンの別名でもある。
シーン:シラーと同義であるが、広義にはシャトヤンシー、アステリズム、イリデッセンス、ラブラドレッセンス、アデュラレッセンスなどの宝石における光の特殊効果を総称する場合の用語として用いられる。」
まあ、目くじら立てずに漠然と理解しておくのがいいかもしれない。(2020.5.10)

cf.No.209 ムーンストーン

補記:私の手元にあるアデュラリアの標本は、ムーンストーンというより、どちらかと言うと魚眼石の光り方に近い。だから、「フィッシュ・アイ」という呼称の方がしっくりくる。
この石に魚の眼のような光を感じた人々が確かにあったのだ。魚はイエス・キリストのシンボルであるから、その眼の光は闇の中に射す救済の証である。錬金術的な物質救済のシンボルでもある。それを言えば月もまた再生・再誕・不老不死のシンボルで、ムーンストーンには救済の力が期待されるのであるが。
cf. No.533 補記 TU3 (銀星石) 

氷晶石の名はウェルナーが透明なものを アイススパット Eisspath (氷長石)と呼んだことから意訳。1890年、小藤ら。

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