944.水 晶 Quartz (ブラジル産)

 

 

 

quartz brazil

柱面のすくすく伸びた水晶 −ブラジル、MG州産

 

水晶の一般的なイメージは、先端が山形に尖った六角柱の形だろう。柱の長さは幅に比べて随分長く見えて、さながらタケノコのごとくすくすく伸び育ったように思える。実際、No.939に示した山入り水晶は、内部の山の形が出来てからの丈の伸び代が、柱の太り代よりずっと大きかったことを想わせる。
仮に元あった背の低い水晶に、外部から微小な水晶成分が漂着して育っていったのだとしたら、その粒子の大半は山の部分にばかり捕捉され、定着したのだろう。山の斜面の傾斜角度はその間も基本的にずっと同じだった可能性が高い(そんな風に複数の稜線が棚状に連なったファントム水晶がある)。ただし6つある斜面の大きさのバランス(頂上の位置)は時々に変わっていったかもしれない。

17世紀ヨーロッパではデンマーク人の医家ニルス・ステンセン(ステノ: 1638-1686)が、地中物の成長に自然科学的な視線をあてて「プロドロムス(固体論)」を著し、トスカーナ大公に献呈したが(1669年出版)、その中で水晶(結晶)について同様の観察を述べている。
まず言う、「T:新しい水晶質の物質が、すでに形成された水晶の外面に付加されている間は、水晶は成長する」、と。
つまり植物のように根から(母岩から)養分を吸い上げて内部から成長するのでなく、成長する面に直接物質が付加されると考えたのだ。

そして付加される面の選択性を語る。
「U:この新しい水晶質の物質は、すべての面に付加されるのではなく、多くの場合、頂点の面、つまり先端の面(※錐面)だけだったりする。その結果、(1)中間の面あるいは四辺形の面(※柱面)は先端の諸面の基底から形成され、それゆえ同じ中間の面は、ある水晶では大きく、他ではより小さく、さらに他のものではまったくなくなっている。
(2)中間の面はほとんどつねに条線が入っており、一方先端の面はそれ自身に付加された物質の痕跡をとどめている。」 (山田俊弘訳 2004 東海大学出版会)

ステノの考えに拠れば、水晶のような多面体結晶は、すでにある結晶の中で働く磁石的な性質(希薄な流体)の影響を受けて特定の面の一定の場所に新しい物質が外部から付加され(引きつけられ)、次いでその面の上をまだ柔らかい付加物が外部の流体の運動に随って流されて拡がり、やがて固まることで成長してゆくのである。
一般に一つの面とみなされる面は実は必ずしも一様で平滑な単一面でなく、むしろいくつもの凹凸のある微小な面から構成されており、付加物が流れ拡がった痕跡や、付加が起こらなかった欠落、別の物質が膠状の水晶物質に塗り込められた様子などが観察出来ると指摘している。
錐面は外来の水晶成分が付加し展開された場所であり、柱面は錐面の基底が少しずつ位置をずらして連なって出来た錐面の成長に伴ういわば年輪のような面(あるいはたくさん重ねて積み上げた紙を横から眺めたような面)であって、少なくとも錐面と同じ機構で成長した面ではないと考えたようだ。

水晶の柱面が、山(錐面)の伸長につれて全体的に太くなってゆくことは自明に思われるので(でなければ柱の太さは山の丈がもっとも低かった時から決まっていたことになる)、ステノが柱面の拡幅作用を考えなかったはずはない。しかし上の説だけでは、柱が柱軸にほぼ平行な面を保って太っていくことが説明できないのではないか。(水晶の群晶標本を見ると、丈の高い結晶は低い結晶よりつねに柱が太い傾向を示すのはなぜなのか。)

今日、水晶の錐面と柱面はいずれもスムーズな界面をもった結晶面だと想定されている。一般にスムーズな界面では転位(結晶格子の歪み)による渦巻き成長によって成長層が積もってゆく。その速度は結晶面の粒子密度と転位の分布密度に左右されることになるが、それでは各錐面と各柱面の成長速度の相対比は各面の転位数の比を反映しているのだろうか。私にはちょっとありえないように思われるが…。
柱面に条線が現われる理由について、砂川博士の「水晶・瑪瑙・オパール」(2009)は、「渦巻き成長ステップの特定方向に不純物などが吸着し、その方向のステップ前進速度を遅らせた結果によるもの」、「言い換えると水晶の成長は柱の先端にある錐面の成長でリードされ、柱面上のステップの前進が止められた結果、2つの結晶面の作る稜に平行な条線模様が現われるもの」という。
この説は条線の出来方(錐面の伸長につれて柱の先端に順次付加されてゆく)を説明しているようだし、また柱面の幅が時に先端に向かって細くなってゆく現象を説明しているようにもみえる。
しかし柱面の全体が(先端から根元の部分まで一様に)太くなってゆくことを説明出来ないのではないか。柱面が一様に太るには、渦巻き成長は吸着された不純物を乗り越えてそれ以降に生成した領域に向って(またその逆方向にも)拡がってゆかなくてはならない。そしてその都度、新しい条線のパターンが描き直されなければならないのではないか。

私としては、柱面の条線は珪酸ポリイオンの付加と流失(成長と溶蝕)の相互作用で都度現われ、変化し続けているものに思える。R.M.Hazen によると、柱面の結晶構造は最表層に酸素原子が2列ジグザグ線状に並び、各線間に 幅 1.5 x 深さ 2.0Åの溝が平行に走るらしい。そうしたミクロな線状の規則的な凹凸が(構造の非対称性が)不純物のトラップとなり、積層に歪みを蓄積させて、マクロな条線模様を出現させるとも考えられないか。謎は尽きないが。

cf. No.987 ブルーニードル (水晶の柱軸方向への成長が、錐面の成長にリードされている例)

 

補記:今日の流儀で言い換えると、ステノの言う希薄な流体の磁石的な性質は結晶構造の電気極性の局所分布がもたらす性質、付加物が流れ拡がった痕跡は成長ステップの痕跡、いくつもの凹凸のある微小な面は成長丘あるいは融蝕の窪み、となろうか。彼の観察眼はかなり確かなものに思われる。
言い遅れたが、錐面と柱面の間の角度が一定であることは、「結晶面角一定則」として知られる結晶学の基本原理である。ステノが水晶について法則を見つけ、ロメ・ド・リールが他の鉱物の結晶についても確認して一般化した(1772)。ロメ・ド・リールの法則ともいう。

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