987.水晶(ブルーニードル) Quartz Blue Needle/ Angel Feather (産地不明) |
ブルー・ニードル(青い針)、ブルー・フェザー(青い羽)、またはエンゼル・フェザー(天使の羽)と呼ばれるタイプの水晶を知ったのは、いつだったかの鉱物ショーで、多分前世紀のことである。まあそんな大げさな言い方をする必要もないのだが、ともかく昔だ。とある業者さんがお客さんに、珍しい水晶なのだと熱烈推奨するのを傍で聞いていた。
一見ただ透明な水晶であるが、部分的にスポット照明を入れると線状の模様ないしはタナが現れる。スポット照明を外すと見えなくなる。光線の加減で見えたり見えなかったり、むしろ見えない状態が普通であるという、そういうタイプのインクルージョンを持つ水晶なのだ。
いわゆるファントム・クオーツは、成長の過程で時々の結晶面に堆積したインクルージョンが、結晶を透かして内部にタナ状・階段状に見えているもので、和名に幻影水晶とかまぼろし水晶とか山入り水晶とか浪漫的な呼び方をするが、ファントムといいながら光線の加減によらずいつでも見えている。ブルー・ニードルはしかし光学迷彩的隠れ蓑効果を具えていて、照明条件が適合した時にのみはっきりと現れるマジカルな性格、不意を討つ鮮やかさがある。従って、知らなければ手元にあってもいつまでも気づかないことが十分にありうる。ゴーストが囁いてくれれば別だが…。
一番目の画像は、標本を全体的に同じ程度の明るさで照明して撮影したものだ。あちこちに白濁した領域が散らばっているが、まずまず無色透明の石英(水晶)の塊に見える。面はいずれも研磨面で、自然の自形結晶面ではない。
二、三番目の画像は、さらに斜め上方から強いスポット照明を加えて撮影したものだ。先の画像にない、青白い模様が内部に現れている。これがブルーニードルで、針状の模様が規則性を帯びて並んでいる。スポットの具合を少し変えるだけで見える景色が変化する。
四、五番目の画像は別の向きから撮影したもので、ここに見えているブルーニードルは、二、三番目の画像に見えるものとは異なる。
ブルーニードルは実体のある針(なんらかの固体含有物)でなく、捕獲された気体、または微小な空隙が線状に連なった集合形状である。青白い色は、空が青く見えるのと同様にレーリー散乱効果によるという。針は錐面の
r面と
z面の境界をなす稜に平行に伸びる傾向があり(そうでないこともある)、しばしばV字形に展開するが、この場合、V字の根元は常に結晶の底部側にあって、錐面に向かって広がる。V字形(二本の直線)が形成する仮想平面は
r面に平行である(あいにく画像の標本では確認出来ないが)。※補記1
V字形が同じ平面上(あるいはその近傍)に連続して生じると菱網状を呈して、あたかも結晶を内部でへき開する面のように見える。実際、比較的結合の弱い面を形成するのかもしれない。紅水晶(ローズクオーツ)では、微小なルチルの網目状インクルージョンが観察されることがあるが、上述の通り、ブルーニードルを構成するのは空隙である。
低倍率の実体顕微鏡で見ると、ごく小さな気泡が直線状に集合した曇りのように見える(一番下の画像)。それぞれの針は(ある平面上に)ほぼ一定の幅があり(針によって幅が異なる)、気泡の分布は針の長さ方向に粗密があるように見える。あたかもバーコードのように。この状況はファーデン水晶の内部に発達する縫い糸の様子に似ていると感じる。cf.
No.951
30倍ほどの顕微鏡で観察すると、同じポイントから異なる平面方向に微小な針が多数放射しており、これらが織り目や三角形の交差線など、複雑な模様を形成しているのが見えるそうだ。
ブルーニードルは珍しいものとして語られることがあるが、必ずしも存在が珍しいわけでなく、気づかれずにいるためにそう信じられるようだ。ニューエイジ系の方々は、ブルーニードルは強力なエネルギーを持った天使の羽で、幸運な人々だけが出逢うことが出来ると語るが、知識と根気があれば運はなくとも出逢えるだろう。裏を返せば、我々はそのへんに転がっている幸せになかなか気がつかないものだ。
水晶振動子に用いるブラジル産原石の選別作業では、むしろ頻繁に発見されて歩留りを嘆かれたらしい。ブルーニードルを多く含む水晶は、振動子の加工に不向きであるから。彼らは水晶をオイル槽に漬けてチェックした。こうすると自然結晶面や破面が光学検査の妨げにならない。拾う神あれば、捨てる神あり。
補記1:ブルーニードルが結晶の先端に向かって(錐面に向かって)広がってゆく傾向は、おそらく水晶の結晶成長が柱軸に沿って(先端に向かう)一方向にだけ進んだこと、かつつねに錐面が現れた状態で錐面の厚みが次第に増す仕方で進んだこと(c面の成長でない)を示すのだと思われる。ブルーニードルをある種の欠陥とすると、その欠陥は新しい層の出現時に継承される傾向があったと考えられる。
cf. No.944
(水晶の柱面の成長について)