956.桜めのう Cherry Blossom Agate (マダガスカル産)

 

 

 

cherry blossom agate

桜めのう (チェリー・ブロッサム・アゲート) (フラワー・アゲート)
−マダガスカル産

 

 

結晶の成長実験を試みた経験のある方は多いだろう。小中学校にそんな教程があった気がする。この時、きれいな結晶を得るには、なにはともあれ、きれいな種結晶を礎石に据えることが大切だ。チリやホコリの混入、振動などの外乱を避け、溶液の濃度(温度)管理に十分な注意を払いながら、それなりの時間をかけて成長を待つ。容器の底に新たに出現した別の結晶があれば丹念に取り除いてゆく。
そうして結晶の表面に静かにたゆみなく新しい層が加わり続けて、もとの姿そのままに大きな結晶へと成長を果たした時、実験者は自分がそのプロセスの進行に決定的な役割を果たしたことを振り返って大きな感動を覚えるのである。それは創造の御業への人間のささやかな参画であり、神の僕たる錬金術師の夢、賢者の石の錬成に匹敵する偉業であった、と。
理想的な形状の大結晶を育てるのは容易でなく、少なくとも環境をコントロールしないで行うことは不可能に近いことを私たちは知る(さまざまな失敗体験のうちに)。そして自然界において美しい形象の結晶がふんだんに(またそうでない形象の結晶はさらにふんだんに)存在することに思いを巡らして、いっそうの驚嘆の念に打たれるのである。

結晶の成長過程を、1.核の出現(生成) と 2.結晶表面での成長 とに区分すると、この種の実験は2の過程を人の手によって如何にコントロール出来るかを試すものである。1の過程については、しかし、ただ与えられた核から有望なサンプルを選別するほかない。
商業的に行われる水晶の合成でも事情は同じである。いかによい種結晶を利用出来るかが最初の第一歩だが、それは多分に恩寵的なものである。よい種結晶は合成水晶よりもむしろ天然の水晶に見出されるといい、おそらく限られた少数の産地(例えばブラジル産)の水晶の中から、ごく低い確率で得られると考えるべきだろう。
合成によって単結晶を成長させたい場合、種結晶は完全な単結晶でなければならない。商業的には、転位などの構造欠陥をほとんど含まないものが求められ、双晶も含んではならない。そんな天然水晶(の局部)はほとんど存在しないはずなのだが、だからこそきわめて優秀な種結晶を、管理された環境下で巨大化させることに値打ちがある。
自然環境では 1の過程も2の過程も成り行き任せに違いなのだから、優れた種結晶は、また美しく成長した大結晶は、まさに天からの(地からの)授かりものと言わねばならない。

画像の標本は、ちょっと風変りなマダガスカル産の水晶。市場にはこの数年の間に出てきたもので(2017-18年頃とみられる)、一般にアゲートないしカルセドニーと呼ばれている。内部に放射状の結晶を含んだ半透明の塊が磨かれて商品になっており、結晶の描く模様がまるで花が開くようというので、当初はフラワー・アゲートとかフラワー・カルセドニーと称された。少し後で具体的に桜花に擬えてチェリー・ブロッサム・アゲートと呼ばれるようになった。私は詳しいことを知らないが、日本のパワーストーン業者さんたちがヒントを与えたものか? 和名は桜めのう。
当初、放射状の結晶は何の鉱物か不明とされていたが、どう見たって水晶の形をしている。後にこの部分もアゲートと同じ成分(珪酸)の水晶だと言われるようになった。
この石は@小さな結晶核から水晶が、さながら金平糖のように星形に放射して成長した無数の粒を、定形をもたないめのう(玉髄)がパッキングしたものとみなせる。あるいはA不定形(潜晶質)のめのうから、その内部に小さな自形結晶が無数に育ち始めたもの、という説もある。いずれにしろ石英 in 石英というわけ。
そんなものがありうる、というのが、私には非常に不思議に思える。
ちなみに溶液から最初の結晶核が出現するとき、その形は単結晶であるよりも、むしろ多数の結晶が複合して球形になった方がエネルギー的に安定する(消失しにくい)と言われている。このめのうは、そうした核から成長が進んだもののようである。(私は@説派。)

石の桜花と言えば、日本の鉱物愛好家の間では昔から「桜石」が有名で、桜樹に因んだ由来が示されている(cf. No.176)。21世紀には、桜樹などないはずのマダガスカル島から、新たに桜めのうが現れてパワーストーンとして宣伝されている。いずれも散らない桜である。散らないのは実は共に商魂か。

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