957.水晶(三角錐状) Quartz Triangular habit (ブラジル産) |
1880年代に発見された結晶の圧電気現象と、その後の無線電信の発達は、1910-20年代に水晶振動子(発振子)の工業化を促した。30年代には世界的に大きな需要が起こったが、その素材を提供したのも主にブラジルである。大戦前後は米国が軍需資源として水晶鉱山を押さえて、振動子用の特級品質の水晶を確保した。不純物が少なく、構造転位(線状欠陥)の存在率が低く、かつ双晶を含まない単結晶部分が必要であった。そのため双晶の有無を見分ける特殊な光学検査装置が持ち込まれて原石を選別したと言われるが、利用可能な品質のものは乏しく、製品としての最終的な歩留まりは
0.2%
程度に留まった。従って供給量に限度があり、かつ高価でもあった。
戦後は高品質の水晶合成法が急速に確立され、50年代には米国に水晶合成の専業メーカーが誕生した。日本(山梨はそのメッカである)や欧州、ソ連(ロシア)でもそれぞれ商業的に水晶を合成するようになり、現代では中国も台頭している。今日、振動子のほとんどは合成品をカットして作られるが、ブラジル産の水晶は成長の核となる種水晶として依然、貴重な存在であるという。(cf.
No.956、 No.992)
一方、規模的にははるかにささやかなものと思われるが、1980年代に米国で一大ブームとなったニューエイジ運動は、水晶に新しい市場をもたらした。ヒーリング・ストーン、パワー・ストーン、霊性進化ツールとしての需要である。ニューエイジ運動は、しばしば一般的な人類(凡人といおうか)以外の存在、例を挙げれば宇宙人、精霊・自然霊、天使、霊体を進化させた高次元に住む擬似人類集団(霊団)、過去に失われた文明圏に生きた人々の記憶、宇宙記憶(アカシックレコード)や集合無意識等とコンタクトすることによって得た不可知的な知識や認識を、社会に発信するチャネラーが先導的な役割を果たす。
チャネラーは、約一世紀前の心霊ブームを担った霊媒(ミディアム)や自動書記、旧約聖書世界の預言者や新約世界の異言者、欧米から見て前近代的な宗教文化を奉持する社会に普遍的に見られるシャーマン(巫術師、巫女)・占者・(白)魔術師、教祖と役割的にごく近い人々と思われる。
チャネラー(の一部)はさまざまな自然物にコンタクトして自然調和的かつホログラフィックな視点を強調する託宣を引き出したが、宝石や鉱物もその対象に含まれていた。また宝石や鉱物と同調的な繋がりを感じることで、これらが持つよい性質を取り込んだり、治癒効果、霊的成長作用が期待できると教えた。ある一群のチャネラーたちは、石の存在意義や利用法について、凡人以外の存在にチャネリングして得た知識を発表した。
そうして天然の水晶や各種の貴石・鉱物が、タリスマン・チャーム・アミュレット(お守り・魔除け)あるいはメディテーション・ツールとして現代にリバイバルし、販売されるようになったのだった。80年代後半から90年代にかけてが興隆期と思しい。日本もほどなく追従して、その市場に含まれた。こちらの歩留まりははるかにいいと思われる。
cf. No.706
上の画像は、ブラジルのセラ・デ・カブラル山地産の水晶である。ここでいつ頃から水晶が掘られ始めたかはっきりしないが、少なくとも二次大戦中(1940年代)にはアメリカの企業家が採掘権を持って振動子用に水晶を採っていたという。戦後、採掘は止んで跡地をブラジル人の土地所有者が管理していたが、半世紀後に米国に新しい需要が興ると、大小二つあった旧坑のうち大きい方が再開され、水晶ポイント(単晶)が多数、掘り出された。いわゆるレーザー・ワンド形の独特の形状は、米国のパワーストーン業者や急速に数を増し始めたクリスタル・ヒーラーたちを魅了した。そして 1999年、カトリーナ・ラファエルが水晶との瞑想の中で、レムリア人によって地中に植え込まれた意識変容の種(シード)であるとの霊感を得て「レムリアン・シード」と名付けると、その声価は不動のものとなった。 cf. No. 945 補記2
その鉱山では水晶は群晶の状態でなく、結晶が一本ずつバラバラになって砂質の土壌に埋まっており、大変掘り出しやすかったという(高圧水で土壌を洗い流せばよかった)。もちろん元は群晶として産したはずであるが(結晶の柱面に別の結晶と接触していたと思しい痕跡がある)、風化作用によって母岩は砂質化し、水晶は分離して漂砂に埋まったのだという。
ある消息筋によると、結晶の多くは頭部(錐面の先端)が真下を向いて埋まっていた。その状態をレムリア人に結びつけて、未来の人類が利用出来るように、彼らが意図を持って水晶の種をひとつひとつ地中に植え込んだというお話がある(あるいは一部のレムリア人の生まれ変わりとされる)。だとすると、彼らは結晶の先端が地底に向けて根のように伸びてゆくことを想定したのだろう。
もし現代の我々が水晶を植えるとしたら、おそらく地表に向かって育つように、球根のように頭部を上に向けて植えると思われる。我々は天を目指すけれど、レムリア人はよりアース・グラウンディングな状態、地に足をつけた生き方を善しとしていたのかもしれない。それにしても、水晶が成長するための養分は、どこからどのように供給されると考えていたのだろうか。
ところで、その鉱山が戦時中の採掘跡を掘り直したのだとすると、単晶を含む土壌はズリ、あるいはズリを使って埋め戻したものということはないのだろうか。
この旧坑(オールド・マインあるいは翡翠鉱山風にロウカン(老坑)と呼ぼうか)は、2003年頃に採掘が滞ってその後水没したといわれるが、レムリアン・シードのニーズは旺盛で、代わって付近のフランシスコ・ドモントに新しい鉱山が開かれて 2010年頃まで採掘が行われた。いわばシンカン(新坑)であるが、おそらく同じ鉱脈の延長上にある露頭と考えられている。またセラ・デ・カブラルのある農場の敷地からも新たに同様の形状の水晶が多産したという。こちらも新坑(ニュー・マイン)と呼ばれている。やはり 2010年頃までが収穫期だった。その後は山地の各所で個人坑夫が単発的に採集したものが仲買に集められて市場に出ているそうだ。また2017年頃からはバイア州産のものが「レムリアン」として流通している。区別して「ピュアレイ」とか「シリウスレムリアン」とか呼んだりするそう。
レムリアンシードの結晶形には特徴がいくつかあって、No.945に書いておいたが、同様の形状的特徴を持つ水晶は産地によらず「レムリアン」として売られるようだ。ただ本来的にはちゃんと瞑想してレムリア人との繋がりが感じ取れるものがレムリアンシードのはずで、単に産地や形状によって定義するのは間違いだろう。
とはいえ我々鉱物愛好家としては、このテの水晶の魅力はまさにその特殊な結晶形にある。No.945
で紹介したムソー晶癖(z面の下に繰り返される錐面と柱面の階段)はその一つであり、また図で示した先細りによる三角錐(柱)的な形状もその一つである。
上のセラ・デ・カブラル産の標本は、2020年に新たに採集されたものという。ムソー晶癖の段差は明瞭でないが、柱面が一つ置きに狭まって先端に近い方ではすっかり消失してしまい、残る(z面の下の
?)3つの面だけで柱面が構成された風変わりな結晶である。
一般にムソー晶癖や先細りの生じる理由として、柱軸方向への結晶の成長が早くて柱面の成長(太る傾向)が追いつかないため、とする向きがあるが、私としてはそうは思われない。柱面の幅に比べて柱軸方向にきわめて長い針状水晶で、ムソー晶癖を持たないものはいくらでもあり、むしろその方が普通だからである。また、なぜ柱面ひとつ置きに(z面の下とr面の下とで)異なる成長過程が存在するのかが説明されなければならない。その機構こそ、セラ・デ・カブラル産の水晶に独特の形状を与えたもののはずだ。
水晶は一般に根本の方より先端の方が後から成長した、と考える向きが多い。それは一面ではその通りだが、実際のところは根本の方も中間部も先端も、表面部分は同時に成長を続けていると考えてよいケースがあるのではないか。ムソー晶癖や三角錐(柱)状といった形状を示すものは、成長の最初のうちは三方晶的特性が強く、その後次第に六方晶的特性が強まってゆく、と考えてはどうだろうか。
標本の先端の三角錐状の部分で、錐面と柱面とのなす角度を測ってみると、150-154度の範囲にあった。ということはこの部分は、z面とm面とが繰り返す微細なムソー晶癖の面(複合した階段)と見ることも出来るが、ζ面〜Υ面相当の大傾斜面と解釈することも出来るわけである。(z面の下に大傾斜面、r面の下に通常の柱面。)
2番目、3番目の画像はコロンビア、ボヤカ産の「レムリアン」である。透明度が高く、よく光輝いている。わりと最近に産出したものだそうだ。z面の下の柱面はなだらかに傾斜して先細り、r面の下の柱面の幅を次第に狭めてゆく。そして r面の底面はほぼ消失して、その形は一般的なおにぎり形でなく、ダイヤモンド形になっていることが分かる。これもまた随分風変りな形と思われる。以上、「レムリアン」と呼ばれる水晶の形状を鉱物愛好家の視点で紹介してみた。
一方、クリスタル・ヒーリング方面の方々から見ると、ブラジル産の一部の水晶が高品質の合成水晶を成長させる種となるように、一部の水晶は人間の意識の成長の種になるというわけである。マージ、マジ、マジか。
補記: ちなみにブラウンズ/スペンサーの「鉱物界」(1911)には、このテの三角錐形の標本として、山梨県金峰山産のものが図版に載っている。形状としては昔から知られていたわけ。