973.水晶(双晶の識別2) Quartz twins (インド産) |
No.972の続き。
保育社の「原色鉱石図鑑」(1962/1963
正・続2巻)は、1990年代以前に一般の甘茶が読むことの出来た数少ない鉱物本の一つで、多くの愛好家がバイブルとして扱った。この図鑑では左右水晶について、柱面m{1011}(※
r面下の柱面を指す)の肩に x面、s面などの小面が現れることがあって、下図の田ノ上産のように左肩に現れるものが左水晶、苗木産のように右肩に現れるものが右水晶だと説明している(続巻
p111)。
穿っていえば、肩に小面が現れないものは左水晶でも右水晶でもない、と読み取れそうで、実際問題として甘茶にとってはそう考えても大きな障りはない。ただ私はこのテのものを「形態上の左右水晶」と表現する仕方が気に入っている。
cf. No.940 (右水晶・左水晶の定義)
左右晶の図には s面、x面のほか、r面と s面との間に t面(t'面)が描かれているが、この面は私には長い間の謎だった。同じく保育社の図鑑「岩石鉱物」に同じ出典に拠るらしい図が載っていて、面指数
t(7 4 5 3)と定義されているのだが、そんな面は
Dana 7th が列記した 535面のうちに入っていないからである。(※そもそも
a1+a2+a3=0 でなければ理屈に合わない。この指数だと 7+4-5=6になる。)
後に同じ図が和田維四郎「日本鉱物誌」(神保らによる増補改訂版
1916) p99-100にあることを知った。ところが、この本では左右の水晶とも甲斐産となっていて、t面の指数は(3
2 5 3)とされている。この指数の面ならDana
6thに t面として、 Dana 7th には α面として載っている。cf. No.947
(fig.17)
α面の出現頻度はVCランク(ごくごくふつうの面)になっているから、おそらくこれが件の面だろう。もっとも私はこの面の出た水晶をまだ識別したことがない。
ちなみに和田本人の筆になる「日本鉱物誌」(1904版)には、日本の水晶は外国のように多数の晶面を現すものはないと述べられ、これまで知られている面として次の
9面が示されている(z面を入れると 10面)。
r面、m面、s面、x面、u面(4P 4/3)、
及び次の大傾斜面: l 面(2R)、M面(3R)、Γ面(4R)、Ψ面(11R)である。国産水晶の
t面(α面?)の発見は、この本が出た後のことなのだろう。それにしても、u面や大傾斜面を省いて
t面を描いたココロは奈辺にあったのだろうか。単に特定の標本を模写しただけなのか。 cf. No.947(大傾斜面/傾斜柱面)
さて「原色鉱石図鑑」によれば、 第17図に示された左右水晶に対して、左水晶同士、あるいは右水晶同士が柱軸を双晶軸として互いに透入(貫入)しあった双晶が「ドーフィネー式双晶」(第18図)である。このタイプの双晶は
x面によって容易に認めることが出来、また産出することも稀でないと述べられ、結晶図には見えている3つの肩すべてに
x面( x面)が描かれている。(※左の小面の標識は
x面でなく、x面が正しい)
左右晶の図に s面、x面の並びが描かれているのに、双晶の図が
s面を欠いているのはいかにも不親切だが、ドフィーネ双晶ではもちろん
s面、x面ともに隣接の肩に現れうる。 Dana 7th
に載るドフィーネ双晶図を下に示す。
全ての肩で
s面、x面ともに示されたモデル図だが、普通はこれらが揃って現れるということはなく、s面だけが並んでいたり、x面だけが並んでいたりする。またある肩には
s面が、隣りの肩には x面がある、というケースも普通にある。実際は
s面も x面も一つも出ていない結晶の方が統計的にずっと多いはずである。結晶を柱軸の上から眺めた右の図には網掛け領域が2ケ所あって、3つの肩をカバーしているが、このように3つの肩すべてで結晶構造が入れ替わっている(双晶になっている)ということも、つねに起こるとは限らない。
画像の標本はインド、クル谷産の特殊な形状の水晶で、錐面は1番目の画像に見える3面だけが発達したもの。柱面は6面あるが、一番下の画像の通り、裏側の3柱面はいずれも切り立っていて上部に錐面を持たない(両サイドの柱面は軽く傾斜して先端の稜線に達する)。
一方、存在する3錐面の間には s面が2ケ所並んでいる。並んでいるからには(透入)双晶である。左側の肩は
s面だけだが、右側の肩は s面と x面とが見えている。この双晶の対掌性、双晶タイプは何だろうか。
まずどの錐面が r面に相当するかを考えたいが、形態的にみて結晶の先端(頭頂)に達している両サイドの2面が
r面の性質を強く持っていると推測される。
両サイドの大きな錐面の表面は透明度が高く、正面の小さな錐面は軽く擦りガラス状に曇っている。おそらく性質の違う錘面なのだ。そして小さな錘面の右肩の周りに透明度が入れ替わった領域がある(3番目のカラー結晶図参照)。
このような透明度(表面状態)の変化する境界が双晶の境界に一致しているということは、結晶構造的に(理論上)必ずしも言えないそうであるが、一方で
r面と z面の面粗度に違いがあることや、成長中の不純物の吸着性に違いのあることが知られていて、一応の目安として扱うことが出来る(多結晶集合体としてのマクロモザイク境界の可能性もある)。で、今この透明度の変わる境界で
r面と z面とが入れ替わっていると仮定すると、これはドフィーネ双晶を示す特徴である。逆に左側の肩の周りにはこのような入れ替わりがないので、左側の錐面は全体が
r面でありその右肩に s面があるのだから、この結晶は右手水晶と考えらえる。
また錐面に越境領域がある右側の肩の周りには x面が出ており、このx面の配置は右手水晶のそれであるから、上記の判断に整合する。従って、この結晶はひとまず右手水晶のドフィーネ双晶と考えられる。
回りくどい推測をしたが、実は x面が出ていれば r面と z面の区別が出来なくても、(ブラジル双晶でない限り)それだけで左右対掌性の判別が可能である。そして同じ対掌配置の x面が隣接して並んでいればドフィーネ双晶と判断できる。第18図に x面だけが示されている所以だろう。一方 s面だけが現れるときは、r面/z面の判別が出来なければ対掌性が分からないし、s面が隣接して並んでいれば双晶であると言えるが、タイプを言うことは出来ない(但し、後述の理由でドフィーネ双晶とみるのが無難)。cf. No.983
再び「原色鉱石図鑑」に戻ると、ドフィーネ双晶に対してブラジル双晶の特徴を次のように説明している。
「…これに対して左水晶と右水晶とが、第二柱{1 1 2
0}(※柱軸を含み柱面に対して垂直な平面及びこれに平行な平面)を双晶面として貫入したものは、ブラジル式双晶と云う。普通
x面を欠きその外形は六角柱状の単晶と異ならないため、双晶を認めることは困難である。光学的性質によってこれを発見するが、その産出は多くない。」
すなわちブラジル双晶は微小面が出ていることが少ないので、形態で判断するのは難しいというのである。まったく同じことが「日本鉱物誌」(1916)にも述べられている。
第19図のブラジル式双晶のモデルが、錐面と柱面だけで描画されているのはその所以だろう。この考えに従えば、(左手x面と右手x面とが共に現れていない限り)、隣接する微小面(s面または
x面)を見たらまずはドフィーネ双晶と思え、ということになろう。
最後に話をややこしくすると、右肩の錘面の透明度の変化が
r, z
領域の入替えに無関係であるなら、この結晶はもしかしたら全体的には左手水晶であるかもしれない。そして二つの肩の部分を含む領域はこれに対してブラジル双晶をなす右手水晶になっており、右肩の領域はその内側でドフィーネ双晶をなしているのかもしれない。No.972の(6)に示したパターンであるが、この疑惑は微小面の限られた出現状況だけを手掛かりとする限り肯定も否定も出来ない。しかし冒頭の左右水晶の定義に戻って、形態に現れていないものは右手でも左手でもないと割り切れば、判定は「形態上の右手水晶のドフィーネ双晶」に落ち着く。
そうでなければ、光学的に調べるか、浸食(エッチング)処理して現れた食像に拠って判断しなければならない。但し、標本は台無しになってしまう。
(No.974に続く)