983.水晶(貫入双晶) Quartz Penetration twin (ブラジル産) |
一般に双晶を形態的に分類するとき、(1)
接触双晶(接合双晶) contact twin、(2) 透入双晶(貫入双晶)
penetration twin、(3) 反復双晶 repeated twin、 (4)複双晶 compound
(combined) twin に大きく分けるのが慣いである。
木下「続原色鉱石図鑑」(1963)は双晶について、「同一物質よりなる二個の結晶、若しくは一結晶の両半が、往々結合してある結晶面を共有することがある。この際二個の結晶若しくは一結晶の両半は、単一の結晶では一般に対称面のないところに一つの対称面を持ち、左右対称の関係を示すことがある。このようなものを双晶
twin crystal という。」と定義している。
これはシンプルな理想モデルを描写した定義だが、対して複数の結晶が平行に集まった形態を(単結晶や双晶と区別して)、連晶または平行連晶
parallel growth という。連晶は単結晶が複数連なった様相を呈したものとして理解出来るが、一方で真実複数の結晶が境界を挟んで接合しているのかどうかはアヤシイ。
むしろ境界はなく、単一の結晶構造を共有して、ただその外面においてあたかも単結晶が複数集合した形態に発達したものと理解してもよさそうである。マクロモザイク構造やリネージ構造といった結晶軸の微小なズレを伴う多結晶性は定義の要件でないのだから。しかし、「亜平行」連晶という概念を取り入れると、構造の連続的な歪み、もしくは多結晶性が含意されることになる。
No.980に示したジャカレー水晶は、平行連晶の形態の好例である。この標本の母体は大きな半透明の石英塊で、そのある部分の表面に結晶面が現れており、かつそれは多数の単結晶が結晶方位を共有して三次元的に連なった形になっているのである。あるいはそれぞれの単結晶形の局部は(空間的にも時間的にも)別々に成長したのかもしれない。しかしそれらは母体を通じて繋がっており、一つの秩序の下に統合されている。竹林の無数の竹のように、地下茎で繋がっているのだ。
cf. No.962(骸晶)
No.979に示した二連水晶は、平行連晶のシンプルな形である。(質問。例えば雪の、雪印形の結晶は、単結晶なのか、多結晶なのか?)
翻って双晶は、定義に結晶形の対称性を含み、対称面において構造の幾何学的方位が変化すると理解出来る(あるいは仮定出来る)。言い換えると、複数の単結晶(あるいは構造)の組み合わせとして解釈すべき形態を含んだものが、(形態上の)双晶である。
(1)
接触(接合)双晶は、二つの結晶が一つの仮想面で接合した形のものである。それぞれの結晶は境界となる面を挟んで先には進んでゆかない形をとる。水晶ではV字形や軍配形の日本式双晶がこれにあたるが、Y字形やX字形のものは形態的にむしろ透入双晶といえる。
(2) 透入双晶(貫入双晶)は、双方の結晶が境界となる仮想面を越えて相手側に進んでゆく形態の双晶である。相手方の形態に呑まれて伏流し、その先で再び表面に出現する。
水晶ではドフィーネ式やブラジル式がこのタイプに分類される。理想モデルの仮想対称面はシンプルだが、結晶構造の違いによって識別される実際の境界面ないし双晶領域の分布は、かなり複雑であることが知られる。
一般にドフィーネ式双晶の構造上の境界・領域の形状は不規則である。ブラジル式双晶の構造上の境界・領域はしばしば幾何学的で、ブロック状、薄片状をなし、かつ結晶構造の主要方位に強い相関性を持つ。 cf.
No.976
(3)
反復双晶は一つの双晶則によって繰り返す双晶で、接触双晶が反復したものと、透入双晶が反復したものとに分けることが出来る。(4)複双晶は複数の双晶則によって解釈される双晶である。水晶のドフィーネ・ブラジル式双晶(コンバイン双晶)は(4)のカテゴリーに分類されている。
話をややこしくすると、日本式双晶は二つの単結晶形の配置が形態的な(あるいは構造的な)ドフィーネ式やブラジル式の双晶関係を持つことがありうる。またそれぞれの単結晶形の領域内でドフィーネ式やブラジル式の形態を示すことがありうる。
平行連晶の形態をもつ結晶体も、同様にドフィーネ式やブラジル式の双晶形態を含みうる。
さて、No.977
にブラジル式双晶の古典的な形態を持つ標本を紹介した。左手水晶の
x面と右手水晶の
x面とが共に出現する理想結晶図は広く知られているが、部分的にせよ実際にこの形態を持った標本を見ることは稀だ。市場に出回る自称ブラジル式双晶は条件を満足していないのが普通である。
No.978の標本は、肩の微小面(u面/x面)と、傾斜柱面(M面)とが並んで、あたかもブラジル式双晶のように見える、似非ブラジル式双晶の一例だ。
このページの標本はより一般的に見られる自称ブラジル式双晶の例で、柱面の左右の肩に
x面でなく s面が現れている。 No.972の4番目(一番下)の画像も同様のものだ。
s面は隣接する柱面のちょうど中間に現れる小面で、単結晶では
r面の右にあると右手水晶、左にあると左手水晶と判断出来る。r面の左右に同時に現れると、それは形態上の貫入双晶であることを示している。
s面は普通、条線を持たない鏡面だが、条線が出ているときは
r面と s面の間の稜線に平行すると考えられている(※補記1)。そうであれば、二つ並んだ
s面に共に条線があり、同じ方向を向いていれば形態上のドフィーネ双晶、交差した向きになっていれば形態上のブラジル双晶と判断出来る。しかし判断出来ることはまずない。cf.
No.971
とはいえこの種の形態は No.973に書いた通り、ドフィーネ双晶と推測するのが無難であって、Dana 7th
はこの形態の結晶図を(特に根拠を示さず)ドフィーネ双晶と紹介している。
この標本はさる年、池袋の鉱物ショーである水晶専門業者さんから購った。標本ラベルにブラジル式双晶とあったので、根拠を訊ねると、二つ並んだ小面が証だという。が、何面ですかと問うとはっきりしなかった。そんなでも、気に入ったので入手した。
No.974に記した、結晶面の反射光の具合で双晶の区別を判断する方法を適用すると、やはりドフィーネ双晶ではないかと思われる(2、3枚目の画像参照)。
少なくとも、二つ並んだ s面(だけ)に拠ってブラジル式双晶と謳うのは早計で、「形態上の貫入双晶」としておくのが確かなところだ。実際に結晶構造上のブラジル式双晶領域を含んでいるかどうかは別のお話で、もしそれを理由に出来るなら、ほとんどどんな水晶でもブラジル式だと言えてしまう。(ドフィーネ式だとも言えてしまう。)
産地はブラジル、ミナス・ゼラエス州のディアマンティーナ地区である。18世紀のポルトガル植民地時代に拓かれた町で、19世紀にかけて周辺に産するダイヤモンドの採掘拠点、集散地として繁栄した。その名の由来だ。当時、建設されたバロック様式の建造物がよく保存されており、1999年に世界文化遺産に登録された。
ブラジルでのダイヤモンド漂砂鉱床の発見は 1730年頃といい、1860年代に南アフリカに豊かな(初生)鉱床が発見されるまで、欧州市場に出まわるダイヤモンド宝飾品は、ほぼブラジル産の原石を加工したものだった。cf.ダイヤモンドの話1
南アフリカでの生産が活発になるとディアマンティーナのダイヤ採掘業は衰微したが、その後
1930年代に水晶圧電子・発振子の需要が興ると、高品質のブラジル産水晶を求めてブームが出来した。ディアマンティーナは周辺で採れる水晶の集散地として賑わいを取り戻した。
補記1:この説には私は少し疑問もある。というのは、No.977 補記1に示した図のように、 u面や x面など(r面下の柱面の)肩に現れる他の小面は、それらの間の稜線がいずれも平行する性質があり、面上にもこれに平行な条線が見られると思しいから。 s面上の条線もあるいはその延長上にあるかもしれない。その場合は、条線はむしろ z面と s面との間の稜線に平行になろう。とはいえ、私が持っている標本はこの説の通り解釈してよさそうである(z面下の柱面に現れる肩の小面は、r面の方を向く条線を持つ)。 関連のメモ No.942 補記4
cf. No.965 (s面に条線があり、r面の方に向かって平行と思しい)
No.969 (z面下の柱面に現れたらしい肩の小面。 r面の方に向って平行な条線が現れている)
No.970 (2番目の画像。z面下の柱面の肩に、r面と
s面との稜線に平行な条線がみられる)
No.971 ( r面と s面の区別は判然しないが、斜め条線が見られる標本)
No.990 (s面上の条線。 r面の方に向かって平行なようだ)
No.992 (人工水晶。 x面上の条線は z面の方を向って平行)