185.エジリン Aegirine   (ロシア産)

 

 

エジリンとチャロアイト−ロシア、シベリア、Murunskij産

 

ナトリウムと鉄を主成分とする輝石で、ヨーロッパでは各地に産する。最初に記載された産地はノルウェーのオスロの南西50キロほどにあるルンドミール (Rundemyr)のアイケルで、1784年にストラムが茶色の角石あるいはショールの一種として報告したものを 1821年にP.H.ストロームが新種と認めた。ストロームは A.G.ウェルナー(ヴェルナー)に献名してウェルネリン Wernerin と呼びたかったのだが、成分を分析したベルセリウスが Acmite (錐輝石・きりきせき)を主張したので譲った。先端が錐のように尖った長柱状の結晶形を示すことから、ギリシャ語の「Acme(切っ先)」に拠った。

その後、1834年に H.M.T.エスマルクがオスロの南130キロ、海岸地方ランゲスンツ(フィヨルド)のローブン島に発見した暗緑色の鉱物を、スカンジナビアの海神エーギルAegir(eagor=海)に因んで、エジリン Aegirine と名づけた。こちらも命名にベルセリウスが噛んでいる。当時、両者は別種と考えられたが、1871年、G.チェルマークが同種であることを示した。以来、Acmite は エジリンの亜種とみなされるようになったが(そしてエジリンの名が通ったが)、先取権はむしろアクマイトにある。とはいえ、アクマより海神の名をもらった方が、本鉱としてはありがたいであろうか。

海神エギルは妻のラーンと共に海底に壮麗な宮殿を構えており、しばしばオーディンらアース神族と銅鍋(※)を囲んで饗宴を楽しむ。もてなし好きである。特に妻の方はしばらくお客が来ないと、網を放って人間を引きずりこみ、無理やり海底パーティーを開いたりする。このときプレゼントを渡すとサービスがいいので、ノルウェーの船乗りはポケットにお金を入れておく習慣があったという(海に投げ入れられた者は彼女の生贄だ)。エジリンの標本を持っていったらどうなるか、何も伝わってないので、まだ誰も試さないらしい。神とアクマとは紙一重かもしれない。

写真の標本は、シベリア地方の Murun で採れたもの。暗緑色放射状の集合体がエジリン。淡い藤色の母岩はチャロアイト。研磨しない状態だと剥離面を露わし、皮殻がうねったような外観を呈する。結晶は稀。このほか、Ekanite(ウランを含む珍しい鉱物)を含むとラベルにあるが、いつもながら、どれだか分からない(アップ後すぐに「ぬめっとした肌色の鉱物、放射線あり」と I さんからご教示いただきました。ありがとうです。そういう部分がついてました)

※この銅鍋は、トールが巨人イミールから盗んだもので、その中でひとりでに飲み物がつくられ、攪拌される。酒代はタダなのである。
豊穣の料理道具の神話・民話は世界各地に分布するようだが、ウェールズでは「マビノギオン」に収められた地下界の魔法の釜が、アイルランドではダグザ神の釜・海神マナナーンの国の豊穣の器があり、アーサー王物語の「聖杯」とその探求物語は、こうした伝承が下敷きになっているという。また古代スキタイ人のナルト伝説にも魔法の杯がある。(cf. T.マロリー「アーサー王物語W」の解説:井村君江「聖杯探求の旅」参照)

cf. No.668 海王石  No.669 エジリン   No. 781 斧石(ショールと呼ばれたさまざまな鉱物)

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