254.藍方石 Hauyne (タヒチ産) |
楽しい鉱物図鑑の名文句、「カットして宝石にすると、サファイアに似て、サファイアよりもきれい、と思われる石が二つある。」に乗って、日本のコレクターから絶大な人気を勝ち取った石、それがベニト石と藍方石(Hauyne)である。ベニト石は図鑑に写真が掲載されたためすぐさま真価が知られたが、藍方石の方はしばらく姿の見えない伝説の時代があった。そのため愛好家の憧憬はいやが上にも高まり、標本は喉から手が出るほど欲しいアイテムのひとつに数えられたものである、と私は思う。
サファイヤより美しいといわれたら誰だって見たくなるし、欲しくなる。かくて数年後に続巻が出版された時、これら2つの石の声価はすでに定まっていた。堀博士は藍方石の頁に「サファイヤ以上に高価なものに、ベニト石とこの藍方石がある」と記すこととなった…。
欧州一地方のマイナーな鉱物が、宝石消費大国日本で一躍注目を集めた、その出世のあり様は、たとえてみれば源氏物語の明石の君であろうか。鄙びた里村に育った後ろ盾のない、しかし嗜み深く教養豊かな姫君が、都を逐われた光源氏と縁を結び、やがて国母の母(天皇の祖母)にまで上り詰める数奇な運命。神通力を持った明石の入道(ならぬ石博士)の貢献大なりといえよう。
藍方石は火山性の希産鉱物で、珪酸に乏しい火成岩中に粒状(まれに結晶)になって産する。有名産地のドイツ、アイフェル高地のニーダーメンディッヒやラーハー湖周辺では、石灰岩層を抜けて噴出した火山岩中に発見されており、成分中のカルシウムはこれに由来するものらしい。この地方にはコンクリート骨材用の軽石(スコリア)鉱山(跡)が沢山あって、戦後のドイツ復興期に盛んに採掘された。山腹を削った跡地には数十メートルにわたる軽石と火山灰の層がほぼ水平に露出しており、アウインはその中の褐色の濃い層から多く見つかっている。ハンマー片手に軽石を割れば、小さな青いアウインがいくらも採れ、おそらく無尽蔵に眠っていると、産地訪問を果たした方のレポートだ。世界的に希産とはいえ、あるところにはある。
この石はラピス・ラズリ(青金石)と同じ紫外吸収スペクトルを持っており、600nm付近の吸収に加えて
、S2- 由来の400nm
付近の弱い吸収が入るため、わずかに緑がかったビビッドな青い色調が出るという。結晶は斜方12面体と正6面体を組み合わせた形(写真下)や、柱状のもの(写真上・タヒチ産)が知られている。硬度はトルコ石並で、しかも脆いので、ほんとうは宝飾品に向かないのだが、眺める分には申し分ない美しさだ。
ちなみに、ドイツ、アイフェル地方は、およそ340個のスコリア丘、マール、溶岩ドームなどが集合したなだらかな高原地帯である。遠くアルプス造山運動に始まる火山活動の終末期(6〜70万年前以降)に出現した独立単成火山群で、東西80キロ、南北50キロにわたって広がっている。周辺には温泉も多い。ラーハー湖は11000年前のアイフェル最大の爆発的軽石噴火跡で、この後当地の火山活動は休止状態に入った。一帯は希産鉱物の宝庫といわれ、100種以上の鉱物が記載され、今でも新種が見つかっている。なかでもエトリンガー・ベラーベルクと呼ばれる標高400mの溶岩山は最も有名な採集地であり、毎年大勢のコレクターが集まってくるそうだ。 次のエトリング石が初めて発見されたのもこの高地であった。
追記:MR誌 Vol.45-No.3の特集記事によると、従来(バダフシャン産の)ラピスラズリとされてきた石は、実はアウインとラピスラズリの固溶体として組成的にアウイン寄りの、いわば硫化性アウインであるとのこと。そしてラピスラズリ(ラズライト)寄りの標本は、(分析されたものの中には)まだ発見されていないという。cf. No.250