297.逸見石  Henmilite (日本産)

 

 

忽然と姿をあらわした大量の逸見石。2003年の年間MVP

逸見石 −岡山県川上郡備中町布賀産
撮影:2号機 ニコちゃん

逸見石の結晶(顕微鏡下で撮影:ニコちゃん)

 

思い起こせば、昨年(2003年)の大阪ショーは衝撃の大盤ぶるまいだった。
それまで逸見石の良標本は絶対数が少なく、そのわりに人気があって−成美堂出版の図鑑を見て誰もがトリコになるらしい−おそろしい値段がまかり通っていた。

例えば、ちょうど10年前、震災からわずか3ケ月後に開催された第1回大阪ショーでは、復興チャリティオークションに1個の逸見石が出品された。某店の秘蔵品(one of them)だったらしい。入札開始価格は1万円とされた。
「ちょっと高くない?」と半畳を入れると、−前年の京都ショーで似たようなものが5千円だったから−、進行役の老舗標本商さん、すかさず、「これより安く売るくらいなら、私が1万円で買います」と応えた。結局、その値段で落札された。

その後も高騰を続け、直前の京都ショーでは、シミのような標本に3万5千円をつけたお店もあった。
それから半年足らずで大ガマの蓋が開き、ウソのような素晴らしい標本が安価かつ大量に出回ったのだ。上に書いたよりずっといいモノが、2千円出せば手に入るようになった。
「いくらでもあるけど、梯子をかけて登っていくような崖の上だから、あまり採りに行きたくないよ」と標本商、余裕の発言。指をくわえて見ていた私は馬耳東風、平積みバーゲンセール状態の標本を夢中で物色した。

数ヶ月を経ず逸見石はすっかり愛好家間に普及した。そして今年の大阪ショー。標本商さんいわく、「ばったり売れなくなったので、持って来ませんでした」
No.247に書いたことだが、求める人の絶対数はやはりそんなに多くなかったのだろう。これから集める人にも十分回りそう。

 

追記:逸見石の産出ですが、実際には昨年の春時点ですでにいくらでもという状況でなく、現在ではほぼ採り尽されたとのご指摘をいただきました。また、産地はカルサイト鉱山の坑内で、広大な迷路のような坑道の壁面の高いところにぽっかり晶洞があいた形になっているのだそうです(2004.6.11)。
なお、新たに逸見石が出た晶洞は、甘茶の間では布賀鉱山4番坑”田邊晶洞”として知られています。梯子を継ぎ足して上る高所の洞の、床も壁も天井も、紺青の逸見石が綺羅星のごとく散らばっていたといいます。晶洞は幅3m 長さ 7mあったといいます。
その後布賀では放射繊維状の青色結晶が出て新鉱物かと話題になりましたが、これもまた逸見石であったそうです。

補記:逸見石は理想組成 Ca2Cu[B(OH)4]2(OH)4。カルシウムと銅の水酸塩で塩基にホウ素を含むのが特徴。通称2番坑と呼ばれる坑道の、再結晶質の石灰岩(大理石)を切る五水灰ホウ石の脈中の小晶洞に微小なものが見出され(1977年)、1981年に新種として申請された。記載論文は 1986年に出た。1992年に3番坑の方解石脈中の晶洞にやや大きめ(3mm程度)の自形結晶が出て、不足していた物性データが補足された。上記の田邊晶洞には夥しい量の本鉱が産し、それはもちろんごっそり採集され尽したわけだが、20年近く経っても市場に良標本を見ることが出来る。市中ストックが潤沢にあるらしく、慶賀の至りである。逸見石は今や海外のコレクターの間でも人気が高く、現代日本を代表する標本の一つといえよう。
母岩は一般に方解石と考えられているが(あるいは五水灰ホウ石)、分析によるとダトー石の場合もあるそうだ。
最初の(2番坑)晶洞から出た逸見石と4番坑田邊晶洞に出た逸見石とは結晶構造がやや異なり、ポリタイプの関係にあるそうだ。

2019年に記載された千代子石はロシアの学者らが高難度の分析を行って決定した布賀原産の新鉱物で、前年亡くなられた逸見千代子博士(1949-2018)に献名された。カルシウムと珪素の炭酸・水酸塩水和物で、やはり水酸基にホウ素を含む。逸見石標本の白色母岩に淡いサーモンピンクの部分が見えたら、千代子石の可能性がある。 (2021.8.10)

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