302.天青石2 Celestine/ Celestite (ポーランド産) |
ポーランド南東部を流れるビストラ川流域は、古くから硫黄の産地であった。始まりは9世紀頃に遡るという。資料的に確かなところでは、1415年に書かれた鉱山開発に関する国王の勅許状が残っている。以来、少なくとも5世紀に亙って、ポーランドはヨーロッパ最大の硫黄産地として知られ、多くの鉱山が稼動された、と(ポーランド人は)いう。
その隆盛は19世紀の後半、経済情勢の変化とシチリア島の硫黄鉱山(No.282)の台頭に圧されて急速に凋んだが、1950年に至って復活の兆しを見せた。タルノウィッツ付近に大規模な鉱床が発見されたのである。
一帯はカルパチア山脈北麓の、カルパチアン・フォアディープと呼ばれる地層。有機物(バクテリアと天然ガス)の作用によって石膏が石灰岩に変わり、同時に生成された硫黄が大量に埋もれている。
1963年から露天掘りの予備作業が始まり、数年かけて深さ100mに及ぶ土石が取り去られた。2キロX1キロ四方という巨大な坑口が開かれ、厚さ20mの硫黄の層が露わになった。
マショウ(マホーヴ)鉱山は1970年に本格的な開山を迎え、ほぼ20年間操業を続けた。その間、硫黄はもちろん、重晶石や天青石の美しい結晶を多産し、標本市場を大いに賑わせたのであった。(ちなみに隣接する西側の鉱区ではフラッシュ法による採掘が行われたため、標本はまったく採集されなかった)
cf. ヘオミネロ博物館4
上の標本はドイツのとある鉄道駅前の標本商さんで手に入れたもの。重晶石のラベルがついていた。同じ外観のものが日本では天青石として売られているが、間違いでない。ある標本商さんにお聞きすると、海外のショーで重晶石(硫酸バリウム)として仕入れたが、分析したところ天青石(硫酸ストロンチウム)だったという。この産地では双方共存しているとのことで、どうやら中間的なもの(固溶体)も多そうである。
こういう場合の鑑定は肉眼では難しい。上述のドイツの店主は結晶の形で区別がつくと言っていたが、−No.193の硫黄はここで買ったもので、ルーペを覗きながら母岩についている小さなとんがり結晶を重晶石と鑑定された−、よほど慣れていないとムリだろう。
一般に炎色反応は素人でも間違いの少ない鑑定法だが、この場合はおそらくバリウムの緑とストロンチウムの深紅が見え、判断に苦しむと思う。もしかしたらカルシウムの赤が加わるかもしれない。 ちなみに、ストロンチアン石の原産地標本は、この3色がそろって見え、カルシウムとはっきり区別できる深みのある赤い炎により、新元素ストロンチウムの存在が明らかになったという。
下の標本は94〜95年頃大量に出回った、透明度の高い天青石のひとつ。鉱山はすでに閉止していたが、10年前に採り貯めた標本を定期的に放出するルートがあるとのことだった。たしかにその後も数年おきに市場に出ている。
仕入れた標本商さんは、「この標本がこんな値段で買えるなんて信じられない!」、と感激しておられたが、私もそう思った。絶産だからと悲観してはならない。