ひま話  ヘオミネロ博物館 その4  (2022.8.7)


スペイン産の鉱物 続き

 

ガリシア地方オーレンセ、ペノータ鉱山産の錫石 
スペインは古代世界にあって錫産で知られた土地だった。プリニウスは「鉛には濃い色と薄い色のものの2種があって、後者はギリシャ人のいうカッシテロス( Cassiteros 錫石)で、(鉛よりも)より貴重なものである。伝説によると、人々はこの石を求めて大西洋の島々を巡り、これを柳で作った舟に満載して、皮の覆いをかけて運んだという。しかし我々の知るところでは、この石はルシタニア(ポルトガルの古名)やガレキア(ガリシア地方)に産したもので、そこでは地層の表面が砂質で黒味を帯びていることが分かっている。…」と書いた。   

古代、大西洋の沿岸部には3つの産地が知られた。一つはイベリア半島北西、スペインのオーレンセ、サモラ、ポルトガルのベイラ、ミーニョ、トラズ・オズ・モンテスに跨る地域。一つはフランス西部沿岸ロアールやモルビハンなどの南ブルターニュ、また沖合いの小島も産地として記録されている。そして一つはイギリスのコーンウォール地方である。ギリシャ人のいう錫の島カッシテリデスはこれらのいずれかであったろうと言われる。

オーレンセなどイベリア半島北西の産地には砂鉱と(花崗岩に伴う)脈鉱が出たが、砂鉱は水洗によって選鉱することが出来たので(錫石は金の約半分の比重)、ローマ人は大規模な流水設備を作ってあたりの漂砂鉱床を採り尽くした。AD1-2C頃、ルシタニアやガレキアの錫はローマの市場をほぼ独占したという。
現代でも大戦後の錫需要が高まった時期に、オーレンセのペノータ鉱山は錫石やタンタル石の脈鉱を露天掘りした。1970年代に盛んに採掘されたが、80年代に錫価格が暴落したため 85年をもって休山した。30年以上を経て 2018年に再開されたとのニュースがある。
画像のような錫石の双晶美品が市場に出回ったのは休山前後の80年代中頃だった。雲母片岩に埋もれて、六連サイクリックツインのお手本のような結晶が見られる。  cf. No.130   No.525 付記1

アルマデン産の辰砂
カスティーリャ・ラ・マンチャ州シウダー・レアル県には世界最大と言われる硫化水銀(辰砂)鉱床がある。この地域では 古代から 2,700年間に亘って幾多の坑道が掘られ、総計 27万トンに及ぶ水銀が採集されたという。20世紀後半以降、世界は水銀の毒性にセンシティブになり需要が激減、採算が合わなくなって結局 2003年に閉山した。2012年、スロベニアのイドリア水銀鉱山と併せて、世界産業遺産に登録された。

アルマデンの水銀鉱山については、いずれギャラリーで手元の標本を紹介する時にトピックを書きたいところだが、そう思っているうちに 20年が過ぎた(呵笑)。
歴史的に最初の大規模な採掘はローマ帝国によって行われ、辰砂の多くは顔料に用いられたという。中国で朱を印肉に用いたのと同様か。アルマデンには当時ローマ人の集落が作られ、後にイスラム人たちが住むようになった。12世紀に再びヨーロッパ人の領土となったが、以後もイスラム風にアル・マデン(鉱山の意)と呼ばれる。
中世期以降は医薬品としての用途が増えた。毒を以て毒を制す、である。私なんかはまだ赤チン(マーキュロクロム液)信仰を持っていて、今時の消毒薬はどうも頼りない気がする。

水銀が金を溶かし込んでアマルガムをなすこと、その性質を利用して効率的に金を採収出来ることは古くから知られていた。
一方、銀はヨーロッパでは主に灰吹きによって鉛鉱石から精錬されてきたが、15-16世紀頃に銀アマルガムを作って精錬する方法が工夫され、征服間もない新大陸の銀鉱山の経営に採用された。その時、アルマデン産の水銀が新大陸に大量に送られたのだが、鉱山の火災によって生産が滞ったことがきっかけとなり、新大陸でも水銀鉱脈の探索が始められた。
16世紀のイギリス商人ヘンリー・ホークスは、「立派な鉱山主は水銀を多量に所有しなければならない。水銀をこのように添加することは新しい発明であり、鉛で鉱石を精錬するより大きな利益をもたらすものである。」と手紙に書いている(1572年)。

今では白眼視されることの多い水銀だが、そのわりに水銀の雫のついた辰砂の標本が出回っているのは不思議だ。手元のものはもちろんケースに封じてあるのだが、手に取るとほんのり甘い香りがして、ああ出てるなあ、と思う。さすがにクイックシルバー(蓮っ葉ムスメ)である。
cf. No.660 辰砂   No.662 (イドリア水銀鉱山)  No.663 (ニューイドリア鉱山)

北部カタルーニャ地方、レリダ、ラス・アヴェリャーナス産のエリナイト
この産地の本鉱はその名の由来、「天青」に相応しい美しい青色をしていて惹かれる。マラガ産の青水晶はエリナイトのインクルージョンが呈色の由来というが、こんな青色だったらどんなにいいだろう。 cf. No.472

カンタブリア州ピコ・デ・エウロパ山地、アリバ鉱山、ラ・アルマンゾーラ坑産の閃亜鉛鉱
透明感のあるやや緑がかった飴色の結晶。ブルガリアにも同様のものがあるが、当地産の結晶はかなり大きい。世界最良と言われる。
ピコ・デ・エウロパ山地で亜鉛の採掘が始まったのは 19世紀半ばのことで、ライムストーン中の巨大な熱水脈に菱亜鉛鉱/閃亜鉛鉱の鉱体を掘った。当初は数百の小さな鉱山が展開していたが、やがて4つのグループに集約された。うち 3つまでは1930年代に稼行を停止し、アリバ・グループがひとり残って 1990年まで採掘を続けた。20世紀の良標本はたいていラス・マンドラス鉱山に出たと言われる。
トレース元素として、ゲルマニウム、ガリウム、インジウム、カドミウム、水銀などに富むそうで、また熱蛍光性を持つものも知られる。

同じくカンタブリア州のアリバ・グループの鉱山から出た閃亜鉛鉱。
こちらは赤みがかった透明な飴色の結晶で、欧米ではルビージンク、ルビーブレンドと言われるタイプ。日本では「べっこう亜鉛」の愛称がある。透明な閃亜鉛鉱は屈折率が高いので、うまくカットするとファイアを放って素晴らしい輝きを示すが、なにしろへき開の明瞭な鉱物ゆえ、研磨には腕が必要である。それでもチャレンジする人に事欠かず、本産地のジェミーな結晶があたら消費されてしまうのは惜しいことだ。煽っちゃいかんよ。
90年の閉山以降は、例によってコレクターが入り込んで晶洞を探り、標本を採って市場に流している様子。2000年代のホリ標本リストには、「閉山して絶産なので昔のストックの放出を入手するしかない」などとあるが、ナニ、ストックは鉱山跡に眠ってホリ出されるのを待っているのダ。

cf. No.127    No.399

ムルシア州カルタヘナ産の菱亜鉛鉱。
なにげにいい標本なので写真に撮っておいた。
同州のラ・ユニオンからカルタヘナにかけての地域はローマ時代から時折り、さまざまな金属鉱石が掘り出されてきた地域である。石膏の巨晶、美麗標本を出すことでも知られる。ポスト・マイニング・ミネラルとして次々に生じてくるものらしい。あるいはこの菱亜鉛鉱もそのテの二次鉱物か。この地域の金属採掘業は 1991年までで終焉したという。 cf. No.884

同じくムルシア州ロルカ産の硫黄
硫黄の美晶産地としては、ヨーロッパでは 18世紀来、イタリアのシチリア島とスペインのアンダルシア州カディス県にあるコニル鉱山産が双璧として知られた。しかしこの標本もなかなか渋いんではないかと思う。
ムルシア州といえば、私には石膏の大産地のイメージがあるのだが、ロルカ盆地は後期中新世に生じた蒸発岩の分厚い堆積層が分布する地質である。泥灰土、石膏、岩塩等が基底を形成し、その上に石膏、石灰、珪藻土などが互層をなして分厚く堆積する。石灰岩層はしばしば硫黄を含んでいるが、これはもとあった石膏成分がバクテリアによる硫酸塩還元によって硫黄と石灰とに分解されて生じたものと考えられている。

英語に言う Sulfur サルファー(硫黄)はラテン語の sulpurと関連があり、インドのサンスクリット語 Sulvere スルベーレが語源になっているという。火の源の意である。しばしば火山活動に伴い、火口や温泉の噴気孔の周囲に生じることからの連想という説があり、もっともらしいが、ロルカ産のように後の生命活動が関わって硫黄が生じる場合もあるのだ。シチリア島やポーランドのマショウ産も同様で、いずれも石膏からの分解物である。 cf. No.193   No.302 (ポーランド産)   No.282 (シチリア島産) 

サンスクリット語から入った学術用語とすれば、古くインドの錬金術がアラビアに伝わってエジプト錬金術と交わり、イスラム文化の西進に伴ってヨーロッパに入り、イベリア半島でラテン語に翻訳されて、以降、西洋錬金術から近代化学への変遷を辿って、現代の元素名に定着した、と考えることが出来る。であれば、火と生命の活動の両方に関わる硫黄にいかにもふさわしいことだと思われる。
ちなみにドイツ語に Schwefel、フランス語に Soufre、イタリア語に Zolfo、そしてスペイン語では Azufre アスフレである。

トレド産のあられ石。 
美しい放射球状の結晶が空隙に生じている。
トレドは私の好きな町なので、いつかこの産地の標本が欲しいと思う。

マドリード州 ロス・エサレス/ラ・カブレラ産のあられ石。
六連サイクリックツインで、星形に稜が伸びているところが、ぐっとくる。あたかもクリソベリルのようではないか。

アンダルシア州アルメリア地方マカエル(大理石の産地として有名)、ウンブリア・デル・ポッソ採石場産のあられ石。
いわゆる山サンゴ系の形状をしている。 cf. No.167     No.761

カスティーリャ・ラ・マンチャ州の各地に産するあられ石
この地域のあられ石(アラゴナイト)は擬六角柱状の輪座双晶をなしているのが特徴で、古くトルービアの地誌に、同州グアダラハラ県モリナ・デ・アラゴン産のこのテの結晶を、「エキサゴノス hexagonos」(六角形)と呼んで記載している(1754年)。後にデラメテリエとヴェルナーは、同地産のものをなぜだかアラゴン産と考えて、アラゴナイトの名で標識したので(1796年)、その名が今日に残っている。そしてアラゴン地方に産するという信仰も根強い。
18世紀末〜19世紀初当時の有名産地は、アラゴン州サラゴサとカスティーリャ・ラ・マンチャ州クエンカとの中間あたりに位置するモリナ・デ・アラゴンと、ここから南に 150kmほどのクエンカ県ミングラニージャにあった(バレンシア州との州境近く)。この2ケ所は今日なお膨大な標本を市場に供給し続けている。ラ・ペスケラ産と標識される標本は、ミングラニージャの町の北の岩塩鉱山あたりでぼこぼこ採れるものらしい。
私は何時になったら手元の標本をギャラリーに上げるですか。

地域別の展示キャビネットからバレンシア州産の鉱物。青水晶(Cuarzo Azul)、苦灰石、白鉄鉱、赤鉄鉱、クリノゾイサイトなどが並べてある。

同じくカナリア諸島産の鉱物展示。 ホーンブレンド、普通輝石、硫黄、オリビン、苦土かんらん石(フォルステライト)、シデラゾット Siderazot。
シデラゾット? 調べてみると Fe5N2 、窒化鉄という。初めて知ったよ。原産地はベスビアス火山で、噴火口周辺の溶岩上に皮膜状に出るものらしい。

グラン・カナリア島、ラスパルマス、ティアス・ランザロッテ産のかんらん石。
さすが海底火山の噴火で出来た島であるな。いかにも玄武岩マグマに捕獲されて地上に噴出したらしい、かんらん石のノジュール。
余談だが、鳥のカナリアの名は、野生種がカナリア諸島やアゾレス諸島、マデイラ諸島などに生息して、16世紀にカナリア諸島から原種がヨーロッパに持ち込まれて飼育改良されたことに由来するそうだ。

 

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