340.ダンベリー石 Danburite (USA産ほか)

 

 

ダンブリ石 (苦灰石に伴う)
 −USA、NY、セント・ローレンス郡、ラッセル産
1890年代の標本らしい

ダンブリ石−メキシコ、サン・ルイス・ポトシ産

ダンブリ石 −ボリビア、コチャバンバ産

ダンビュライト −ロシア、ダルネゴルスク産

黄色のダンブリ石 
−ミャンマー、モゴック、ピャン・ピイット地方産

 

ダンブリ石は斜方晶系の硼珪酸石灰で、結晶は一般に庇面の発達した美しい柱状をなす。トパーズに似ているが、トパーズの方が硬度が高く、明瞭なへき開が底面に平行に走ることから区別できる。ダンブリ石のへき開は不明瞭で、断面は貝殻状を示すことが多い。

1839年、C.U.Shepardが北米コネチカット州ダンベリーで発見したので、その名がある。ものの本に、 White's Factory の跡地を発掘していたら出てきたとあるが、それきり後続の産出がないため、ニューヨーク州セントローレンス郡ラッセル産の石が、偶々氷河に載って運ばれてきたものではないかとの指摘もある。ラッセル産のダンブリ石は接触変成を受けた苦灰岩中に長石と共産しており、ダンベリー産の石も同じ産状だという。

日本では宮崎県土呂久鉱山や大分県尾平鉱山が代表的な産地で、やはり石灰岩の接触変成帯に産し、斧石やざくろ石などを伴う。中〜低温で生成すると考えられる。cf. No.781 補記2
上の標本の産地サン・ルイス・ポトシでは硫化熱水脈に産し、しばしば数センチ大の美結晶をなす。ときにピンク味を帯びるものがあって、珍重されている。
次のボリビア産標本は、堆積岩中のもので、低温下での変成作用によって生じた。加藤昭博士ラベルによると、「先カンブリア紀の堆積岩中に含まれていた蒸発岩の溶解残存物の変成産物に由来する岩石中のもの。石膏、長石、苦灰石、粘土鉱物などと共存する。変成作用といっても、わが国の概念では続成作用と見なすことも出来る位の低温条件下の生成物で、事実ダンブリ石は原産地では蒸発岩中に産する。ダンブリ石は硼素を主成分とした長石とも考えられる。」

宝石としては、もっぱらミャンマー産の黄金色の結晶が利用されてきたが、無色透明の石もよく煌いてダイヤモンドめく輝きに輝く。
久米武夫の古い本には、宝石業界に Danburite(Damborite)と称する淡橙黄色の合成鋼玉石があり、一般に広く需要されているから混同しないようにとある。今ではそんな名前を聞くことすら珍しいが。

 

追記:ダルネゴルスク産。
「ダルネゴルスク」には熱水脈鉱床から多金属鉱石を掘る6つの鉱山と、「ボロシリカトノエ」と呼ばれるスカルン鉱床からダトー石鉱石を掘る2つのホウ素鉱山とがある。cf. No.776 ダトー石
後者の Bor ピットではダンブリ石の巨晶がダトー石化した仮晶(石英や方解石との混合物)を多産するが、ダンブリ石を産するのはその近くの「ダンブリティイ」という小さな鉱山が唯一の報告例だった(閉山したのでほとんど出回らない)。ただしこれは20世紀のことで、2010年になって Bor ピットから緑色のダトー石と淡褐色透明のダンブリ石のコンビ標本が出た。今のところかなり珍しいものだという。(2021.8.13)

追記2:「鉱物採集の旅 九州南部編」(1977)の土呂久鉱山の章に、「国産で宝石にすれば最高品といわれるダンブリ石の産地として国内外に名が知られ…」というくだりがある。現代ではすでに過去の物語というほかないが、崎川博士の「宝石小事典」(1966)にはダンビュライトの項に「無色透明の、宝石になる鉱物の一つで、ダンブル石ともよばれている。日本産の鉱物で実際に宝石に使えるのはこのダンビュライトくらいかもしれないが、日本ではあまり知られていない。日本で良い石が出るとしてむしろ外国で文献にものっている」とあり、「土呂久鉱山に良い結晶が出るはず」と伝聞レベルの言及がある。
ちなみに日本での宝石の普及は、日清日露の戦勝後、日本の景気が上向いて消費が活発になった大正・昭和初期がひとつの画期で、ついで二次大戦の敗戦後、進駐軍向けに土産物レベルの宝飾品が大量に生産されたのがもう一つの画期といえる。ダンブリ石は二次大戦後、ダイヤモンドの代用品として庶民向けに「ジャパニーズダイヤ」の名で売られた時期があったという。

明治39年(1906年)刊、安東伊三次郎 「鉱物界之現象」には、ダンプリ石の項に「性状すこぶるよく黄玉石に似たり。豊後国尾平に産す。結晶は無色透明にして美麗なり。結晶脈をなして族生す。もと黄玉石と誤認せられたり。」とある。日本では明治初期に近江や美濃にトパーズが発見され、海外の博覧会に出品されて宝石的価値が意識されるようになった。国産のダンブリ石も最初はトパーズと考えられ、宝石への加工が意図されたのかもしれない。

土呂久産は無色〜白色、長柱状の先端が山形に尖った感じの結晶で、かつて宮崎県の石として提唱されたこともあった。70年代にはまだズリから採集が出来たが、鉱害防止のため被覆されてからは入手が難しくなったといわれる。
「日本の鉱物」(1994)に益富標本が示されている。福岡石の会の 60周年記念誌(1993)には、「はば 2.5cm 長さ20Ocm以上のものがあったそうである。」と伝聞が記されているが、さすがに 20cmの誤植ではなかろうか。国産コレクターには今も人気が高いようだ。

今日、水晶を多面研磨して自然の結晶形のように見せた商品がよくあるが、鉱物愛好家は一般にこのテの加工を歓迎しない。
昔、地元、土呂久の採集者が折れたダンブリ石を削って結晶面にみせかけ、九大の高博士のところに持っていったという。博士はその石を買い上げたものの、「私にはいいが、他の人にこんなことをしてはいけない」と仰られたという。自分は自然の面かどうか分かるが、気づかない人もいるだろう、結晶面でないものを結晶面のようにみせかけて売るのはごまかしで、研磨面なら研磨面と断って売るべきだ、という心か。

鉱物たちの庭 ホームへ