429.ラズベリル Pezzottaite (マダガスカル産)

 

 

pezzottaite

Pezzottaite

ラズベリル(Pezzottaite/ペツォッタイト) の上面(頭部)と側面(柱面)
−マダガスカル、マンドソノロ村付近、サカヴァラナ・ペグマタイト産

pezzottaite and tourmaline

トルマリン(外周が黒い鉄電気石&内部は赤いリチア電気石)とペツォッタ石(ピンク色) 
−マダガスカル、アンチラーベ南西140キロ、アンバトビタ付近、サカヴァラナ・ペグマタイト産

 

 かれこれ3年半ほど前のことになる。ここ数年インターネットで恒例となっている某鉱物店のツーソンショー・ニュースに、風変わりな色のベリルがレポートされた。レッドベリルより明るい、モルガナイトより濃い、サクランボのシロップ漬を想わせる綺麗なピンク色をした六角板状結晶。マダガスカル島で発見された新産の亜種だという。それが私が眼にした最初のニュースだった。
この石は常のモルガナイトやバラビョフ石よりセシウムの含有量が多いため(13%以上)、新種になる可能性もあるとの触れ込み、しかし宝石として評価の高いベリルであることを押し出して、「ラズベリル」とか「ラズベリー・ベリル」とか名づけられていた。(⇒補記1参照)
新産標本の出初めの値段は一般に売り手希望価格のため注意が必要なのだが、レポートしたお店は割高と判断され、この日は販売品の仕入れを見合わせられた。が、すぐにツーソンショーの目玉商品になったことから、高価ながらも2,3日後に改めて数点を入手された。また発見時のエピソードも併せて紹介された。標本を売っていた一人が採集者本人だったのである。

いわく、産地はトルマリンを掘るペグマタイトで、昨年末に3×3×1.2mの晶洞が開かれ、数十cmに及ぶ巨晶が発見された。外周はショールの黒さで、内部が赤いパーティー・カラード・トルマリンである。ラズベリルや宝石級のリチア輝石(クンツァイトなど)がこれに伴っていた。発見者うはうは上気し、頭を冷やしつ今後の方針を練るためいったん現場を引き上げたが、戻ってみると余の者たちバーサク状態となって晶洞すでに崩され、巨晶割られていた。彼の人、がっくり膝をついてトルマリンの破片を掬ったが、盆に還らず。ただ小さなラズベリルの結晶破壊を免れて、うるわしその面を光らせしこそ、わずかに心の慰めなれ。じっと掌をみた。

後に専門誌に寄せられた報告によると、発見地はフランス植民地時代から知られたトルマリン鉱山で、かなりの僻地にあった。近年は付近の村人によって散発的に手掘り採掘が行われる程度だったが、 2002年の11月、地下6mに上述の晶洞が見出され、一躍脚光を浴びた。
ラズベリルは当初トルマリンとしてローカル市場に出て、ほどなくベリルの一種と分かった。
G&G誌2003年冬号の(おそらく偏った)情報によると、この時発見された石のいくつかが12月に入って、首都タナナリブの宝石商の手に渡った。彼はラズベリルの濃いピンク色はたしかにトルマリンに近いものの、形状はむしろモルガナイトに似ていると思った。屈折率を測定してみると、ベリルにしては数値が高すぎた。そこでサンプルをイタリアのペツォッタ博士に送った。ミラノ博物館やミラノ大学のグループが分析を行った。その結果、セシウムをきわめて多量に含むベリル類似構造の鉱物であることが分かった。
地元ではそれまでアメリカ・ユタ州の専売だったレッドベリルの新しい産地が見つかったとの噂が流れ、 しばらくの間、bixbite (⇒No.187参照)の名で取引きされた。

早くから情報をキャッチしたイタリア、フランス、アメリカ等の業者がツーソンショーでラズベリルを販売した。その頃どの程度まで研究が進んでいたか明らかでないが、おそらくまだ名称が定まらないだけで、IMAへ申請すれば、新鉱物となることはほぼ確実視される段階にあったと思われ、水面下で熾烈な先陣争いが繰り広げられていたようだ。
ショーの終わり頃には新種であるとのニュースが駆け巡っており、マダガスカル政府(税関)は急遽輸出禁止令を発令したが遅きに失した。この晶洞から出た原石はすでにほとんど売り捌かれていた。2月から3月にかけて、島は直接買い付けに訪れた業者で賑わい、その中にはもちろん日本人宝石業者の姿もあったという。発見以降の2,3ケ月で値段は信じられないくらい急騰した。
2003年の初夏には、ラズベリルは市場ではっきり新鉱物として扱われていた。少なくともその前提で販売されていた。
IMAへの申請は、イタリアのグループが Pezzottaite(ペツオッタ石・ペツォッタイト)の名で、フランスのグループが Madagascarite(マダガスカル石)の名でほぼ同時に行ったが、噂によると両者のデータに幾分相違があり、IMAは当事者間での調整を示唆したという。結果、9月にベリル・グループの新鉱物 Pezzottaite が承認された。
このようにラズベリルは新鉱物としての名称が定まる以前に市場で新宝石として販売され、商業名も広く知られていた。インターネットや新聞雑誌を通じて、情報が極めて迅速に一般市場に流れ、宣伝され、売買が成立した事情が大きく影響している。
余談だが、IMAはこうした状況に不快感を表し、この時以降、新鉱物の認定状には次の文言が記載されるようになった。「新鉱物に関する完全な論文を公表する以前に鉱物商に標本を提供する行為を、当委員会は厳重に否認する。また貴方が新鉱物に関する記載を最初に公表する場は、必ず学術的文献を選ばれたい。」
平たくいえば、「IMAの承認を求めるなら商売は後回しになさい、商業メディアでの宣伝を学術論文より優先してはいけません」ということだが、ラズベリルにしろ、他の多くの新鉱物にしろ、発見者が申請者であるとは限らないし、標本の流通ソースが申請者に限られるわけでもないのだから、これは実際的な要求といえない。また学者さんが(ほかの採集者も)金銭的な先行者利益を追うことを妨げてはならない。

さて、ラズベリルが登場した頃の日本の鉱物市場について、私が知っていることを並べてみると、まず冒頭のお店がツーソンショーの1ケ月後に即売会を開催し、単結晶標本やキャッツアイ効果のあるカボッションカットのルースを並べた(ほとんどの結晶は非肉眼的に繊維質だったという)。ルースのひとつを斬込み隊長のように顔をこわばらせた宝石商さんが真っ先に買っていくのを見た。札びら数える手が疑念に震えていた。
またインターネット販売を主体にしているある標本商さんは、ショーの前に欧州の仲間筋から予め情報を得ていたので、ツーソンに到着するとただちに旧知の業者を訪ね、透明度の高い標本4,5点を入手された。サイトに載せた途端買い手がついた。指をくわえて Sold マークを眺めるコレクターの屍累々。

ラズベリルの最初の情報は、インターネットを通じ、鉱物愛好家の間に瞬間的に伝わったと信じられるが、すぐに全国紙の新聞や科学雑誌等にも提灯記事が載せられ、春先には広く一般に知れ渡った。なにしろエメラルドやアクアマリンと同種の鉱物だから、ニュース性の高い新宝石だったのだ。日本の宝石市場は近年マイナーな希産種(例えばパライバ、ピンクトパーズ、アウイン、レッドベリル=レッドエメラルド等)を、その希少さを謳って過熱気味に喧伝する傾向にあり、ラズベリルも同じ仕掛けで販促された。
どの程度売れたのかは知らない。そもそもひとつの晶洞だけで発見されたにすぎず、新たな供給可能性の低いことが早い段階で表明されていた。それを前提の投機的ビジネスだから、大量の商品を継続的に販売することは念頭になかっただろうし、むしろいかに素早く瞬間最大風速を(値段を)上昇させ、売り抜けるかが課題だったと思われる。

ラズベリルの採集量は2003年9月までで数十キロ、多くても150キロまでと推測されている。下層に小さな晶洞がいくつか見つかり、小型の結晶が追加採集されたが宝石質でなかったという。地下30mあたりまで進んだそうだが、作業が手掘りであることや、坑道の崩落もあって、より深い層へのアプローチは行われていない。もっとも、ほんとうにその通りなのかどうか、このような場合は眉に唾して聞かなければなるまい。
鉱物標本は 2003年に積極的に販売されたが、欲しいほどの人にはすぐ行き渡ったようで、04〜05年はあまり市場で見かけなかった。しかし06年に入ると再びストックの放出が始まり、折々ネットショップにアップされている。先ごろのフランスの鉱物ショーでも最初のロットにひけをとらない高品質の標本が出品された様子だ。

ラズベリルの標本販売で特徴的なことがもうひとつある。それは当初市場に流されたのは、(ほとんど)すべて分離結晶だったことだ。03年は私もツーソンに遊びに行ったのだが、売られていたのはすべて分離品だったように思う。コレクターが欲しがる母岩付の標本は数ヶ月遅れてリリースされた。明らかに戦略的な進め方だった。私見だが、ラズベリルに携わった業者は百戦錬磨の学者筋や鉱物商で、どうすれば標本の市場価値を高め、需要を生み、高値を維持出来るか熟知しており、またそれをやり遂げようと努めておられるに違いない。
ちなみに母岩付き標本は概して小ぶりで、分離品と比べると色も淡いものが多い(高品質の母岩付き標本は今でも相当に高額だ)。

最後に結晶の特徴をつけくわえておく。
ラズベリルの典型的な結晶は、比較的大きなものは六角の板状〜ボタン状をしている。端面が整った六角形で柱面はあまり発達せず、もう一方の端面に向って段階的にすぼまっていく独特の形状を呈し、ちょうどボルトのように頭とネジ部を持つ。数ミリ以下の小さなものでは、相対的に柱面が径より長い場合があり、ボルト型ではなく寸胴型である。色の濃い大型品は結晶面の溶蝕が進んでいる。
発色は3価マンガンイオンのカラーセンターで、放射線により誘発されたと推測されている。これはレッドベリルと同様だが、レッドベリルの発色はさらに複雑な要因が介在しており、両者の色スペクトルは明らかに区別できるという。

補記1:ツーソンショーでは、"Raspberyl", "Red Beryl", "Pink Beryl", "hot pink Beryl", "Raspberry Beryl" 等の名で販売され、"Raspberry Beryl" ラズベリー・ベリルがもっとも支持を得た。
補記2:和名については IMA用語(=学術名)に訳名の規定がないので、日本でポピュラーだった「ラズベリル」で差し支えないと思われるが、承認以降、「ペツォッタイト(ペツォッタ石)」と呼ぶのが一般化している。

補記3:ラズベリルは、現在までにアフガニスタンからも産出することが分かっている。それまでセシウム・リッチなモルガナイトと考えられていたのが、Pezzottaiteに分類すべきものと判明したのだ。マダガスカル産がこのまま産出を絶っても、こちらが後に控えている。

補記4:原産地とは別の産地でマダガスカルから Pezzottaite が出ているようだ。某標本商さんが自身鑑定され即売会で売られたらしい。初日完売でまるで入手出来なかった。2007 冬。

補記5:ミャンマーのマンダレー管区、Singu Township、Pyin  Kyi Thaung 山の近く、Letpanhla村そばの鉱山から出た標本が市場に出た。写真を見る限り、ラズベリル/ペツォッタイトのようだ。2008 初。

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