442.束沸石 Stilbite (インド産)

 

 

Stilbite

スチルバイト -インド、デカン高原産

 

広大なデカン高原は、およそ65百万年前に地上にあふれ出た、大洪水に比すべき大量の玄武岩質マグマによって覆われている(Deccan Traps)。表層の玄武岩は長い年月を経て風化し、レグール土(黒色綿花土)と呼ばれる綿花栽培に格好の肥沃な土壌となってインド経済を幾世紀も支えてきた。インド綿の歴史はBC2000年の昔に遡るという。
 一方、溶岩が冷えて生じた玄武岩中の空洞は、沸石や類似の珪酸塩鉱物の格好の揺籃となって無数の結晶標本を生み、鉱物市場の一翼を担っている。
 とはいえ、鉱物標本が注目を集めるのは、 No.441で述べたように19世紀の半ば以降であり、国際的な取引が盛んになったのは漸く1960年代から70年代にかけてのこと、続く20年ほどで取引高が爆発的に拡大したのであるが。
ちなみに、そのきっかけを与えた鉄道建設は、デカン高原で栽培される綿花をボンベイ港まで安価に大量輸送するためのものだった。綿花なくして鉱物標本なし、である。

厚さ最大1500m(かつては3000mといわれた)に及ぶ玄武岩の層(Basalt shield) は 、当時ユカタン半島に落下した直径10キロの巨大隕石の衝撃で押し出されたとか、この時の流出マグマの洪水と、隕石が大気中に巻き上げた土砂による気象異常とが引き金となって大恐竜時代に幕が下りたとかいう、地球規模の壮大な説がある。
が、まあそれは鉱物愛好家には二の次の話。むしろ、あのテこのテで已むことなく供給される大量のセンチサイズ標本こそ、我々にとって「インドの魔術を見る思い」のする、壮大な驚異なのである。
広範囲に分布するデカン高原の玄武岩晶洞鉱物は、現在に至ってもまだ未知の部分が多く、それだけに、例えば数年前に出たペンタゴン石のように、どんな珍しい鉱物が新たに出てくるか、またありふれた沸石類にしても、どんな見事な標本が出てくるのか、眼を離すことができないところである。

束沸石は板柱状の結晶をなす種類の沸石で、特徴的な双晶癖や光沢から識別は容易な方である。Desmine または Stilbite の二つの名前で呼ばれてきたが、前者は「束状の」という意味を持つ。必ずといってよいほど c(001)面で双晶を形成し、これが平行集合して束状になるためで、この標本のような銀杏葉状の双晶はひとつの典型といえよう。
後者はギリシャ語の Stilbein 「輝く」に由来し、へき開面が真珠光沢を示すことによる。同じような輝きを示す Apophyllite が、魚の眼のように輝くという理由で魚眼石と命名されたのに比べると、へんに具象的でない分、当り障りのないよい名前だと思う。現今、魚眼石を見て魚の眼を連想する愛好家が果たしてどれほどいるだろう。cf. No.533
ちなみに、本鉱は単斜晶系に属するが、ある結晶面で成長すると斜方晶系になる面が存在する。同じ成分でも結晶構造の異なる鉱物を同質異像とかポリモルフとして区別するのが一般的な申し合わせとなっているが、束沸石のように同一結晶に晶系の異なる領域が混在するものは、区別をつけてもあまり意味がない。それで、なんであろうと束沸石は束沸石ということになっている。

束沸石の組成には許容幅がある。Dana's New Mineralogy 8th を引くと、Stilbite-(Ca) : 
NaCa4[Al8Si28O72]・nH2O 〜 NaCa4[Al10Si26O72]・nH2O (n=28〜32) と記載されている。 
ナトリウム分が少ないとき、近似的に Ca(Al2Si7O18)・7H2O と書くことも行なわれているそうだが、全く含まない場合、この式は別種であるステラー沸石 の組成式に一致するので、区別をつける必要がある際は、より詳しい式が用いられる。文献によって NaCa4(Al9Si27O72)・30H2O とか、(Ca,Na2,K2)4.5 Al9Si27O72)・29H2O とか書かれている。
成分が多少変動しても、束沸石は束沸石、扇を開くような、キノコのような双晶が目印となろう。

ちなみに束沸石に類似の鉱物にステラー沸石 (Stellerite)とバレル沸石(Barrerite)とがある。単斜晶系の束沸石に対しこれらは斜方晶系で、カルシウムに富む方がステラー沸石、ナトリウムに富むのがバレル沸石。この3つの肉眼鑑定は難しい。

cf.No.536 方沸石 (沸石の語源)

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