536.方沸石 Analcime (イタリア産) |
ある種の沸石を熱すると結晶の内部に気化した水分が泡となって現れ、結晶全体が沸騰しているように見える。それが沸石という言葉の由来だとか(補記)。
沸石は成分的には長石に水(結晶水)をくっつけたようなもので、そのひとつ、方沸石 (Analcime
Na[AlSi2O6]・H2O)
は沸石の中でも長石に近い性質をもっているという(産状が近い)。しばしばある種のアルカリ火山岩中に産出し、あたかも準長石(長石より珪酸分に乏しい)のような役割をすることから、準長石として扱われることもある。成分を比較すると、曹長石(Na[AlSi3O8])から珪酸分子SiO2がひとつ抜けて(足りなくて)、水を足したものにあたることが分かる。No.492
に、「曹長石 → ひすい輝石+石英」、「方沸石 → ひすい輝石+水」の式を示したが、低圧低温高水蒸気圧条件下(かつ超塩基性岩の伴う環境下)で、「曹長石(となるべき成分)+水」から曹長石の替りに「方沸石+石英」が生じたとも解釈できる。
ちなみに準長石は石英と共存しない。もし岩石が生成されるときに石英として晶出するような余分な珪酸分があれば、仮にすでに準長石が出来ていた場合でも再反応を起こして長石を形成するといわれている。(イタリアには、石英に置換された方沸石の仮晶が産している⇒下の標本。珪酸の少ない環境で方沸石が生じ、その後珪酸の豊富な熱水によって成分が交代されたのだろうとされる。これは上記の説と矛盾しているが…? )
方沸石の結晶は特徴的な不等辺四角形の面を持つ偏菱24面体で、この形に結晶する鉱物で普通に産するものはガーネットと白榴石くらいである。ガーネットは方沸石よりずっと硬くてたいてい色がついている。白榴石はたいてい白濁していて透明感がなく、光沢に乏しい。白榴石は K[AlSi2O6]の組成を持ち、珪酸分に乏しい環境にあってカリ長石の代役を務める。結晶系は三斜晶系に属するが、各格子定数の値が近似しており、自形結晶は擬等軸的である。
方沸石は比較的低温の環境で生成し、玄武岩の空隙などに産出するのが普通である。へき開はなく、比較的高い硬度(〜5)を持っている。ワイラケ沸石(Ca[AlSi2O6]2・2H2O)と組成上ほぼ連続しているが、結晶学的には不連続だという。
上の標本はイタリアの名産品のひとつ。沸石の大産地である日本ではそうでもないが、ヨーロッパでは人気が高い。名物標本商として新宿ショーでもお馴染みだったジルベール・ゴーチェさんのコレクションから。原産地標本。
補記:スウェーデンの化学者アクセル・フレドリク・クルーンステット(1722-1765)は、吹管の炎で加熱すると肉眼で気泡が見えるほど大量の水分を蒸発させる鉱物に気づいた。彼はこれを ZEO (沸騰する)LITE (石) =沸石と呼んだ(1756年)。一つはスウェーデンのスワッパバーラ産、一つはアイスランド産の鉱物で、形態は束沸石のそれと同じ。 束沸石あるいはステラ沸石とみられる。cf. No.901 トムソン沸石
Analcime (Analcite) の名は、ギリシャ語のAnalkis (僅かに/強くなく)に因む。摩擦すると僅かながら電気を帯びる(焦電気性)ことによる。命名はアウイ(1797)。
補記2:サイクロプス諸島はシチリア島の中部東岸から沖合に出たあたりに散らばる玄武岩の岩群で、伝説に叙事詩オデッセイアに歌われる一つ目の巨人(サイクロプス)が、逃亡するオデッセウスの舟に向けて投げた岩の礫の島になったものだという。
「それで男は心底から一段と怒りを増して、大きな山の天頂のとこを、引きちぎっては投げつけるのに、青黒い色の船首のすぐと、前のところに石が落ちて来、落っこちて来る岩のために、海一面に大波が立ち、寄せては返す波の力で、舟は陸へと見る見るうちに運ばれてゆき、沖合からの大きなうねりに押し流されては、陸地へ着かんばかりでした。」(呉茂一訳)
これら地中海の島々は近代鉱物学の始まり頃から沸石産地として知られ、透明で光沢の強い方沸石の結晶が称揚されてきた。