514.軟玉 Nephrite Jade (USA産)

 

 

Wyoming Jade (Nephrite) ワイオミングジェード

軟玉 (切断面)-USA、ワイオミング州産

 

ワイオミング州の西境付近はロッキー山脈の一部をなすイエローストーンやグランドティートンの美しい国立公園で占められているが(cf.旅のひとコマ)、その東側の州の大部分はなだらかな平原(盆地)がはるかに広がっている。そもワイオミングとはインディアン(ネイティブ・アメリカン)の言葉で大平原を意味する。西部開拓時代、西へ向かった人々の多くがこの平原に足を止め、あるいは通り過ぎ、ロッキー山脈を越えていった。有名なララミー砦はもとは毛皮の取引所だったのが、後に旅人の休息所になり、軍の駐屯地になりしたところだ。

開拓の原動力のひとつとなったゴールドラッシュはカリフォルニアで金が発見された1848年に始まるが、ワイオミング州ではそれより早く、1842年に砂金が見出されていた。ある毛皮猟師がサウスパス付近のスウィートウォーター河流域で拾ったのだという。ただ当時はインディアンの勢力が強く、白人が安心して砂金を掘れる環境ではまだなかった。ワイオミングのゴールドラッシュは1867年、サウスパスのカリッサ・ロードで金が見つかったと新聞記事になったのがきっかけである。前年にインディアンとの戦争が起こり、ララミー砦で講和条約が結ばれた年だ(cf.ブラックヒルズ・ゴールド)。
大陸はインディアンの世界から白人の世界へと急速に変貌しつつあり、2年後には大陸横断鉄道がひとつに繋がって、東海岸から西海岸への物資や兵員の輸送が、わずか数日間で可能になる。そういう時代だった。

ワイオミングのゴールドラッシュは71年にあえなく凋んだ。しかし別の、はるかに膨大な鉱物資源が掘り出されるのを待っていた。軟玉である。
軟玉は遅くとも20世紀に入る頃までに発見されたらしいが、砂金を掘る人々の間ではあるいはもっと早い時期から知られていたかもしれない。本格的に注目を浴びたのはラピダリーがブームを迎えた1936年のことで、ランダーで軟玉が再発見されると、地元の人々が群がるように集まって日がな河に入って石を浚った。

1930年代から40年代はジェード・ハンターたちの黄金時代だった。二次大戦が終わる年、ポピュラー・サイエンス誌に「ワイオミングの緑の黄金」という特集記事が掲載されるとブームは全国的なものになった。ゴールド・ラッシュの再来を想わせる熱狂が州の中央部をおそい、国中のラピダリストや業者たちが大平原を目指した。1945年の夏だけでおよそ4トン弱の軟玉が採集されたという。
歴史的に軟玉は中国人の専売特許みたいな石であるが(インドを含む中東でも賞玩された)、それは長らく産地が限られていたからで、実際に手にとる機会が訪れてみると、粗野で合理的といわれるアメリカ人をもこの石は惹きつけてやまなかった。
アラン・ブラハムという有名なジェード・ハンターはこう語った。「…ジェードはほかのどんな石にもないほど人をひきつける。黄金熱よりまだ始末におえない。ジェード熱にかかったら最後、回復はまず望めない」
もちろんこれは、ジェード熱に罹ってしまった人士の苦しい言い訳なのであるが。

ワイオミング・ジェードの産地は州中南部の広い地域、ランダーとローリンズとの間、ブルキャニオン、クルックス山、ハイウェイ287南方のグリーン山など、西南西から東北東に伸びるゆるやかな褶曲山脈を囲むエリアに散在している。黒、オリーブ緑、エメラルド緑、淡いりんご緑、そしてときに灰〜白色などさまざまな色あいの石が採れた。
黒い軟玉はエドワード鉱山に出たが、これは緑色があまりに濃いためほとんど黒色に見える石で、磨くと漆黒の、緑なす黒髪のような豊かな光沢を見せた。ほとんどすべてドイツに向けて出荷され、1950年代後半までに採り尽くされたという。
クリーム色〜濃い蜂蜜色の軟玉は(中国の伝統に従って?)マトンファットと呼ばれた。珪酸分に富む白い雪片の混じるスノーフレークジェードという種類も愛好された。
しかしもっとも人気を博したのはりんご緑色の石で、アジア産に匹敵する高品質の玉としてワイオミング・ジェードの代表格とされた。

ワイオミング州は1967年1月に軟玉を州の宝石に定めた。アラスカ州がやはり軟玉を州の宝石とする前の年だ(cf.No.511-2)。
半世紀間に採集された玉は数千トンに及ぶ。しかし現在では、新たな産出はほとんど見られないようである。近年インターネットのオークションで安価に出ている石は、たいていズリ山から再回収された低品質の石だと、往時を知る人はいう。良質のりんご緑ジェードをフィールドで拾うことは相当困難であるらしい。
ちなみに同州からはピンク色のジェードが出ているが、これは軟玉でなく、マンガンに富む灰れん石の一種桃れん石(チューライト)である。また、マックス・ロング・ガムワーデン・ジェードと呼ばれるものは、軟玉というより透閃石で、鉄分に富むため磁石を吸い寄せる性質があるという。

(参考)余談だが、アメリカン・グリーン・ジェードと呼ばれるヒスイがある。これはモノの本によると、淡緑色の劣等翡翠のことで、中国語の Mei kuo lu (美国璐)に由来している。かつてドルが強かった頃、香港に旅行してきたアメリカ人旅行客向けにこの種のヒスイが大量に提供されたとき、業者間でこの名称が用いられた。後にはアメリカ本国にも輸出された。そのなかには、おそらくアメリカ産の軟玉も含まれていただろうと思う。

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