518.ゲルマン鉱 Germanite (ナミビア産)

 

 

ゲルマナイト ゲルマン鉱 Germanite

ゲルマン鉱とレニエル鉱Renierite
−ナミビア、ツメブ鉱山2390mレベル産

 

鉱石検波器を使用した受信機は、1906年頃からまずヨーロッパで製作が始まった。当初は専ら軍用の無線電話システムとして利用されたが、1919年頃からラジオ受信機としての用途が拡大していった。
日本では1925年にJOAKが放送を開始、28年に出力が増強されて感度のよくない鉱石ラジオでも聴取できるエリアが拡がった。「全国鉱石化」と呼ばれた。量産に伴って価格も下がり、鉱石ラジオは急速に普及していった。しかし数年後にはやはり量産化によって値頃感の出たエリミネータ式真空管ラジオにシェアを奪われてゆく。短い全盛だった。その後は科学を志す少年技士向けの組立てキットや、非常時用ラジオとして(なにしろ電源不要だ)細々と存続したが、それもゲルマニウム・ラジオが登場するまでのことだった。

ゲルマニウムは1886年に発見された半金属元素である。その存在はメンデレーエフ(1834-1907)によって15年前に予言されていた。メンデレーエフは元素を原子量の軽いものから順に並べたマトリクス(周期表)を作成したことで知られるが、その表では原子価の同じ元素が縦に並ぶよう配置された。そうすると性質のよく似た元素が周期性を持って繰り返し現れることをはっきりと見てとれるのだった。
マトリクスにはその位置にうまくあてはまる元素のない空欄がいくつかあった。
メンデレーエフはそこには未だ知られていない元素が入るはずだと考えた。1871年に発表した論文の中で、彼は珪素(Si)のすぐ下の空欄には珪素に似た性質の元素エカシリコン(シリコンの次に来るものの意)が、ホウ素(B)の下の欄にはエカボロンが、アルミニウム(Al)の下の欄にはエカアルミニウムが存在するとして、その物性値を予測した。そして「いつかこの3つの元素のうち1つでも発見されることがあったとき、私が仮定し提起した元素体系の正しさが証明されるだろう」と述べた。
実際これらの元素は当時の優れた分析技術によって鉱石中から相次いで発見された。
まず1875年、フランスのボアボードランが、ピレネー山中の鉱山に産する閃亜鉛鉱の中からエカアルミニウムに相当する元素をスペクトル分析によって確認した。ボアボードランはこれを祖国の古名(ラテン名)ガリアに因んでガリウムと名づけた。
次いで1879年、スウェーデンの分析学者ニルソンがガドリン石の中からエカボロンに相当する元素を発見した。祖国スウェーデンのラテン語名スカンジアに因んで、スカンジウムと命名した。
3つ目の元素エカシリコンは、1886年、フライベルク鉱山学校の教授だったヴィンクラーが発見した。彼は前年の秋に近くの鉱山から産出した新種の硫化銀鉱(アージロード鉱/硫銀ゲルマニウム鉱)の成分分析を担当したが、分離した成分の合計がどうしても100%に満たなかった。ヴィンクラーは、この鉱石にはおそらく分離中に揮発した未知の元素が含まれていたのだろうと仮定し、鉱石を加熱して揮発成分を集めた。そして苦心の末その物質を単離し、それがエカシリコンであることを確認したのだった。彼の祖国の古名ゲルマニアに因んで、ゲルマニウムの名が与えられた。
こうしてメンデレーエフが予言した元素のうち3つが彼の存命中に発見され、周期律の原理の正しさを証明したのである。
ちなみに予言された別の元素エカヨウ素は、1937年、サイクロトロンを使って人工的に作りだされた。これは安定同位体の存在しない放射性元素で、しかもすべての同位体が半減期数時間以内という短さで崩壊する性質を持っている。いくら探しても鉱石中に見つからない道理だった。その名もギリシャ語のアスタトス(不安定)に因みアスタチンと命名された。

さて。ゲルマニウムは発見以来、一部の化合物がある種の医薬品として用いられたほかは、長い間、使い途のない元素と考えられてきた。ところが、第二次大戦でレーダー技術が発達すると、マイクロ波用の高性能な検波器が必要になり、半導体的性質を持つゲルマニウムがその目的にもっとも適していることが分かったのだ。
1941年にドイツのジーメンス社が発明したゲルマニウム・ダイオード(二極管)は、従来の鉱石検波器に比べて抜群に高い感度と安定した性能を発揮し、鉱石検波器を完全に置き換えるものとなった。これを機にアメリカで検波器(点接触ダイオード)の研究が大いに進み、1948年にはAT&Tベル研究所がゲルマニウム・トランジスタ(三極管)を開発するに至る。純粋なゲルマニウムに微量の不純物を添加した物質が電流の増幅作用を持つことを利用した画期的な発明だった。
こうして鉱石ラジオはゲルマニウム・ダイオードを使ったゲルマ・ラジオにとって代わられた。しかしゲルマ・ラジオもまた、トランジスタ・ラジオの前にあっという間に過去のものとなったのだった。
現在では半導体の主役はゲルマニウムからシリコンに変わっているし、フォクストンと呼ばれた鉱石検波器はもとより、ゲルマニウム・ダイオードの入手も難しくなっている。

上の標本は、ゲルマニウムを主成分とする鉱石、ゲルマン鉱である。ヴィンクラーが研究したオリジナルのアージロード鉱はすぐに絶産となったが、1920年にゲルマン鉱が発見されて、20世紀中葉のゲルマニウム供給源として重要な役割を果たした。ゲルマン鉱は独特の紫色を呈する塊状の鉱石で、別のゲルマニウム鉱物であるレニエル鉱とガリウム鉱物のガリア鉱を含んでいることが多い。完全な自形はまだ報告がなく、一部の結晶面が出ているものが知られるのみ。レニエル鉱には磁性があり、ゲルマン鉱はより赤みが強い。ツメブ鉱山が閉山した今、標本市場では古い標本が小割りにされて売られているらしい。また工業原料としては、閃亜鉛鉱などにごく微量含まれるものが副産物として取り出され、需要を満たしている。

余談だが、ヴィンクラーがゲルマニウムを分離したレンガ造りの実験室は、20世紀には鉱物標本の保管庫として使われていた。鉱山学校の全盛も過ぎたのだ。

(補記) 周期表のVA2列に配置されてアルミニウムの上にあるホウ素(ボロン)は、メンデレーエフの初期の周期表では、VB3列に配置されているScの上におかれていた。Scスカンジウムがエカボロンの名で予言された所以である。

 (補記2)アスタチンは、ウラン、アクチニウム、ネプツニウムの各壊変系列に含まれて自然界に存在するが、いずれもきわめて短時間で崩壊する上、存在率自体がきわめて小さい。

cf.イギリス自然史博物館の標本(ヒンメルヒュルスト鉱山産のアージロード鉱/原産地標本) なお、本鉱の命名者は A.Weisbach (1886)。

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