528.モリブデン鉛鉱  Wulfenite (メキシコ産ほか)

 

 

 

キャラメル形のウルフェナイト結晶 −メキシコ、ロス・ラメントス産

モリブデン鉛鉱 −USA,アリゾナ、ローリー鉱山産

モリブデン鉛鉱 −USA、AZ、ローリー鉱山産
(撮影 ニコちゃん)

 

鉛の二次鉱物には白、黄、褐、緑、青、紅(鉛鉱)など各色あるが、赤〜橙色系の色を示すモリブデン鉛鉱は比較的珍しく、かつ愛好家に人気の高いものである。透明な結晶を透かした橙色はなんとなく消毒薬っぽい気配がして、眺めているとヒーリング効果がありそうな気がする。オーラソーマ・ボトルの26番、ハンプティ・ダンプティってとこかな。一方、不透明な結晶では表面の光沢に箔のようなぎらつきがあり、写真に写すとこれぞモリブデン鉛鉱という紛れもない存在感を漂わせる。

成分的には鉛のモリブデン酸塩で、その特徴的な色はモリブデン酸の一部がクロム酸に置き換わるためらしい(クロム酸が過半を占めると、紅鉛鉱)。また一部はタングステン酸に換わっていることもある。
学名 Wulfenite は、発見者のフランツ・ザビア・ヴュルフェン神父に因み、1785年に命名された。彼は本鉱が示すさまざまな結晶形の図像を描き残したが、当時は結晶系の概念も重要性もまだ認識されていない時代だった。今日、その絵を18世紀最高の鉱物画と評する人もいる。本鉱の結晶の対称性については未だに議論が分かれていて、4とも4/mとも言われている。もっともそれが何を意味するか、私には違いを説明出来ないのだが、なにしろタダモノでないということは分かる。

世界的な銘柄産地として、メキシコのロス・ラメントス、アメリカ・アリゾナ州のRowleyやRed Cloud鉱山、モロッコのトゥィシットやミブラーデンなどが知られている。最近は他産地の、ミメット鉱(黄鉛鉱)や緑鉛鉱との取り合わせが美々しい標本も好評を博しているようだ。
ロス・ラメントスは鉱山のある山系の地名で、石灰岩の洞窟を吹き抜ける風が独特の叫ぶような音を立てることからその名(叫び声、嘆き声の意)がある。メキシコの鉱山の多くは初期のスペイン人入植者が開発した歴史を持っているが、ロス・ラメントスは1907年にメキシコ人ホセ・マリア・デ・ラ・ペーニャが発見した鉱山である。彼が掘った7mの探鉱縦坑は高品位の白鉛鉱を掘り当てた。その後、マリアから探鉱を勧められたデビッド・ブルース・スミスが、1909年にロス・ラメントスの原鉱区やエラプシオン(噴出するという意味)鉱区などいくつかの鉱脈を発見した。当時は水不足と頻繁に出没する野盗に随分悩まされたものらしい。
モリブデン鉛鉱の標本は主に、地下で繋がったひとつの鉱脈を掘るアフマダ鉱山とエラプシオン鉱山とから出ているが、結晶形はスポットごとに異なるという。有名なキャラメル形の結晶はたいていアフマダ鉛鉱山のものだ。1世紀近く稼動された現在でも、相当量の鉱脈が依然として地下水脈の直下に眠っているということだ。

アリゾナ州産の標本は、薄い板状〜卓状の透明な結晶形と鮮やかな橙色がトレードマークで、特にRed Cloud産の赤味の強い結晶はアメリカ人に人気があり、私の眼には異常に高価に映る。

上の標本は昔エッセンにあった標本店で求めたもの。数年前に再訪してみたが、新しいショッピングモールが出来ていて、お店を見つけることが出来なかった。今は昔の、旅の思い出になってしまったようだ。(cf. No.30
2番目の標本は、以前有楽町で開かれていたフェアに弟をつきあわせた時に入手した。弟は気に入った標本があると、「兄ちゃん、はいこれ」と言ってトレイに入れてくるのだが、兄弟の好みは似るものらしく、そうしてコレクションに加わった標本は少なくない。
3番目はその頃京都の金閣寺近くにあったお店で求めた。
当時と比べると、標本商さんの店構えは随分立派になったところが多い。出店を数店抱えるまで大きくなったお店もあって、隔世の感がある。それだけ鉱物趣味が普及し、高価な標本を購う人たちが増えたということだろう。
昔、千駄木にあった老舗の店主は、「100円、200円の石を買ってくれる小中学生を大事にしないといけないよ。彼らが10年後、20年後に10万円の石を買ってくれるんだから」と店員に諭していた。鉱物は息の長い趣味で、たしかにそういう筋金入りのベテラン・コレクターも少なくないだろう。しかし、標本商さんの今日の繁栄を築いたのは、やはり愛好家層の広がりというか、絶対数の増加だろうと思う。

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