540.ポルックス石 Pollucite (パキスタン産ほか) |
ナポレオンが島流しになったことで有名なイタリアのエルバ島は、鉱物愛好家の間ではかつて宝石級のリチア電気石を産したことで知られる。この電気石は島名に因んでエルバイトと呼ばれ、爾来多くの鉱物学者や愛好家が標本を求めて島を訪れたものだ。
ドイツのブライトハウプトもそんな一人だったが、彼はそこで2種類の見慣れない白色結晶を見つけた。いずれも未知の鉱物とみられ、仲良く相伴って産することからギリシャ神話の双子の兄弟、ポルックスとカストールの名が与えられた。1846年である。
ポルックス石は方沸石のナトリウムをセシウムで置き換えたものにあたり、沸石グループに分類されている(ポルクス沸石と呼ぶ書もある)。セシウムの一部がルビジウムに置き換わっていることもあり、微量のリチウムをも含む。自形結晶は方沸石に似ており、氷砂糖のような見かけの石だ。ほんの半世紀前まで、セシウムの鉱物としてはこのポルックス石しか知られていなかった。ただし希産のため資源的価値は乏しい。工業的にはリチア雲母などに微量に含まれるセシウムが、リチウムを抽出する際の副産物として得られている。
自形結晶の標本は従来かなり珍しかったのだが、近年パキスタンやアフガニスタンから産出が相次ぎ、市場を賑わせている。もっとも地味な鉱物なので大向う受けするようなものではない。日本では福岡県の長垂や茨城県の妙見山のリチウム・ペグマタイトに塊状のものが出た。白くてへき開がないので産地によって石英と誤認されていたこともあるという。
下の標本はポルックス石の結晶に水晶やエルバイトが組み合わさったもので、産状がよく分かる。紫外線を当てると、エルバイトが青白く蛍光する。ポルックス石は蛍光性を持たないが、紫外線の反射能が極めて高いという。
余談だが、双子の兄弟ポルックスとカストールは、白鳥に変じたレダが生み落とした2個の卵から孵った。ひとつめの卵から生まれた兄ポルックスと姉ヘレネーは父親ゼウスの血を受けて不死だったが、ふたつめの卵から生まれた弟カストールと妹クリュタイムネーストラは父親が人間だったため死すべき定めにあった。カストールは長じて後、事故に遭って死んでしまうが、いつも弟と一緒に過ごしていたポルックスは、父親ゼウスに「カストールが死ぬなら僕も死にたい」と訴えた。ゼウスは彼の意を汲んで、かといって死なすつもりはなかったので、一年の半分を冥界の入口テラプナイの窪地で、半分をオリンポスの山で、二人一緒に暮らせるようはからった。やがて仲のよい兄弟は空に上って星座になったという。
プリニウスは海や陸に出現する星について書いている(博物誌巻2-37)。彼は輝く星のようなものが、夜歩哨に立つ兵士の槍にくっついているのを見た。また航海中の船の帆桁などに、声に似た音をたてながら星が舞い降りて、鳥のように止まり木をわたるという。そうした星が単独で現れるのは凶兆だが、2つ現れると航海の無事を保証する瑞兆と考えられた。その双子星はヘレナと呼ばれる恐ろしい星を追い払うとされ、カストールとポルックスと呼ばれた。(ヘレナはこの双子の姉または妹)。
cf. No.541 ペタル石(カストール石)
追記:ミラノのサント・ブラスカという官吏は 1480年に発心して聖地巡礼の旅に出た。ヴェネチアの巡礼案内船でイスラム圏に向かい、エルサレムなどイエスゆかりの各地を回ったのである。帰国後
1481年に巡礼記が出版された。
その中で、帰路の航海中、ある夜船尾に燭台の形をした青白い炎が見えたと述べている。炎は4時間の間続いて消えた。これは聖母マリアが降りてこられた証であり、我々を力づけているのだ、と船乗りたちは語ったという。
二日後、今度は船尾と帆柱の見張り台の上とに炎が現れた。船乗りたちは、聖母マリアと聖ニコラと聖エルモの火だと説明した。
ギリシャ神の信仰は当時のイタリアではもはや古い異教として退けられ、あらゆる奇跡がキリスト教の聖人に結び付けられていたのだ。