593.クロム・アメス石 Cr-Amesite (ロシア産)

 

 

Cr-Amesite クロム・アメス石

クロム・アメス石−ロシア、ウラル、サラニー産

 

もう何年も前のことになってしまったが、年に数回、有楽町の交通会館で鉱物フェアが開かれていた。だいたい初日は日曜日で、午後1時に開場となる。30分前にはガラス扉の前を先頭に長い行列が出来るのが恒例だった。熱心な人は1時間以上前に来ているが、早く行けば通廊から総ガラス張りの壁越しに会場内の様子を伺うことができた。開梱した標本をお店のスタッフが並べる様子を観察して、目当ての標本がどこに配置されているかチェックしておく。なにしろ開場と同時にどっとお客さんが雪崩込み、3分と経たないうちに身動きがとれなくなるほど混み合う。気になる石の間をいかにムダのない動きで渡り歩き、然るべき標本をピックアップしていくか、予めシミュレーションしておくことが戦略上きわめて重要であった。どういうわけか、開場少し前にレイアウトが大幅に入れ替えられたりすることもあったりして…。

列を前後して並ぶ常連同士はなんとなく顔見知りになる。うまくしたもので、それぞれにコレクションのテーマがずれていることが多く、わりと気楽に、あれは何かな?あれ誰々さんの好みだね、などと互いに情報交換したり、たわいもない薀蓄を傾けあう。偵察用のオペラグラスを貸してくれたりする。スタッフは設営に忙しいのもあってまず相手をしてくれないが、出入りの際にたまに質問に答えてくれたりする(ときには何の石なのか、遠目にどうしても判然としないことがあるから)。するうちに、あっという間に時間が経つ。
いざ開場となると、列の先頭から順番に戦場に飛び込んでゆく。瞬くうちに熱気に蒸れ、額に汗を流した痴れ者たちが、狂騒のうちに標本獲得競争を演じる運びである。
たくさん標本を載せた人様のトレイを見て、そんなに集めてどうするんですか?と訊いてみたくなることが一再ならずあった。が、自分のトレイにも同じくらい石が載っているので、お互い様だったと思う。
先頭から6,7人目くらいまでに入ることが出来れば、自分が一番欲しいと思っている石はたいていゲット出来たので、並んで待つ価値は十分にあった。私の場合は、これ!と心に決めていた標本を手にしても、値段をみて(予め分からない場合が多い)アウト、ということが多かったが、たいていわりと満足のいく収穫が得られた。はるばる上京した甲斐があったというもので、帰りの新幹線の中は心地良い疲労感に包まれて過ごした。
それでもギリギリの真剣勝負になれば、軍配はもちろん一番最初に会場に入った人物に上がる。私はついにその権利を手にすることがなかった。

開場時間よりずっと早く来るような人は、もちろん、あきれるほど熱心なコレクターであるが、中にはコレクションを紹介するサイトを持っていたり、あるいは後にサイトを立ち上げることになる人たちも少なくなかった(ようである)。私がご面識をいただいた方には、加藤の鉱物化石コレクションさんや2001年(20XX年)鉱物の旅さん、鉱物趣味の世界(奇蹟の星)さんらがあった。どういうものか、サイトのことはお互いに話題にしなかった。理由はそれぞれにあったのだろうが、私の場合はやっぱり気恥ずかしかったからである。
言い出すと思い出が尽きないので、今はこれくらいで。

画像の標本は、ある年のフェアで買った。その頃、日本語で出ていたどの鉱物図鑑にも、本鉱は載っていなかった。今でも載っている本はないかもしれないが、標本を持っている愛好家は多いと思う。そのときは1点物だったので、とにかく手に入れて後で調べればいいやという気持ちでトレイにとった。見かけはトルコ産の菫泥石に似ており、黒いクロム鉄鉱の母岩に着床した様子にも彷彿たるものがあったので(cf.No.93)、店主に「菫泥石ではないんですね?」とダメを押すと、ちらとラベルを見て、「別の鉱物のようですね」と、にっと笑った。それ以上の説明はなかったけれど引き受けた。
Dana's 8th によれば、1876年に記載された種で、原産地はマサチューセッツ州チェスター・エメリー鉱山。学名は鉱山のオーナー、ジェームス・アムズに因んでいる。カオリナイト−サーペンティン・グループの鉱物で、構造をなす金属イオンの電荷状態により、淡緑、褪青緑、りんご緑、モーブ、紫、菫(クロムによる)などを呈する。紫(菫)色のものを特にクロム・アメス石と呼ぶのはそのゆえだろう。
画像の標本の産地は、クロムによって鮮やかな緑色を発するウバロバイトの定番産地であり、そのつもりで見ると、No.396のロシア産に通じる雰囲気がある。
似ているといえば、淡い赤紫色の層状薄片が積み重なったところはリチア雲母にも似ている。アメス石は3角の面が特徴的であるが、6角の面を見せる場合もあって、2年ほど前、同じロシアから、長細い6角柱状になった逸品が出て市場を賑わせたものである。くねりながら両端がすぼまってゆく様子は、リチア雲母やサファイヤ、ウェロガン石の細柱状結晶に似ていた。残念ながらお値段を見てアウト。

補記:鉱物和名辞典(1959)にアメス緑泥石の名で載っている。

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