614.セラドン石・あられ石 Celadonite/ Aragonite (日本産)

 

 

セラドン石 Celadonite

セラドン石 -石川県珠洲市、恋路海岸産

あられ石 恋路

あられ石 恋路

あられ石(淡桃色) −石川県珠洲市、恋路海岸産

 

高岡市の雨晴(あまはらし)海岸は日本海に向かって鉤(かぎ)形に突き出た能登半島の東側の付け根にあたる。空気の澄んだ日は深い青をたたえた富山湾越しに、冠雪白銀に光る立山連峰が比類ないスケールで迫ってみえる。ここから海岸沿いに北に上るひなびた道は結構なドライブコースで、磯の香を嗅ぎながら海山を望み、七尾あたりまでは時々通った。たいてい夕暮れ時で、人家まばらな寂しい一本道を延々と辿った後に、峠を越えて七尾に降りると空気があきらかに変わって感じられた。暗い坂道を下るほどに荒ぶる自然の気が潜まり、懐かしい時間が層になって積もる、古い人里のまろやかな気配に浸(つか)ってゆく気がするのだった。街の灯は懐かしきものか。
ピンク色のあられ石が採れたことで有名な恋路海岸は、さらにずっと半島の奥の方まで、途中穴水を過ごして延々3、4時間も走り続けた先にあるのだが、地道をちんたらゆくほかないので日帰りはきつく、産地訪問はひと仕事である。
恋路となれば遠きも近し、なんだ坂こんな坂と湯気を吐いて通いもするのが人の道であろうが、お目当てが磯辺に落ちているあばただらけの黒い石なれば、傍目にはまさに蓼食う虫と見ゆるやらん。

その黒石をハンマー落として割り開き、内部の空隙に、染まる頬の色した可憐な放射状結晶が現れるのならば欣喜雀躍、あられ石我差し招く恋路の磯よ、と一句詠みたくもなるところだが、私の場合はセラドン石の艶消しな灰緑色の被膜が空洞を覆っているのが見つかるばかり、えんむすビーチにたたずんで、海に向かいあられもなく口惜しさを吐露する採集行であった。
それはともかく、風情のあるいいところなので、一度訪ねてみられたい。北陸では珠洲は本松茸(よく市場にでる早松茸ではない)の産地として知られ、あたりの宿ではアワビやウニ、岩ガキなどの海の幸を賞味することが出来る。
半島の先端まで足を伸ばせば禄剛崎の展望台がある。荒波寄せる岸壁の上から海を眺めるのも一興だ。
やはり夕暮れ時、そよぐ草原のまにまに覗く小岩に座って崖にしぶく波を眺めていると、若い学生風のカップルがやってきた。しばらく黙ったまま二人並んで景色を眺めていたが、男の子が「いいなあ、ここ」とつぶやいた。女の子はうれしそうに、「そうでしょう?見せたかったのよ」といった。彼女は土地の育ちで、小さい頃からよくこの崖に座って海を見ていたらしい。男の子へのやさしい気遣いが空気を和らげて伝わってくる。人の恋路を邪魔すまい、足早に展望台を後にした私だった。

セラドン石はその名の通りセラドン色の、柔らかい土状の鉱物である。雲母族。カリウムと鉄(アルミ、マグネシウム)の水酸珪酸塩。海辺の堆積岩の表面などに生じる海緑石(Glauconite)によく似ており、かつては海緑石の一種と考えられていた。セラドン石は母岩である玄武岩質の火成岩から変化して生じ、その空隙を覆っていることが多い。両者は産状で区別するほかない。
記載命名は1847年で、フランス語の色名で灰緑〜海緑色を指すセラドンから与えられた。「楽しい図鑑2」は色名の由来に触れて、17世紀の古い小説「アストレ」の、絵に書いたように優柔不断な主人公の名から、「あいまいで優しい海緑色の色名に登用された」と紹介しているが、私が参照した別の文献には、羊飼いのセラドンが灰緑色のドレスを着ていたことに由来するとある。
(フランス文学に詳しいSさんから、セラドンが海緑色のリボンをつけていたことに因むと、ご教示いただきました。ありがとうございます)

セラドン石と名づけられる以前は、ただ緑土(テラ・ベルティ、グリュンネルデなど)と呼ばれていた。また、海緑石と混同されていた。記載標本はイタリアのヴェローナ近くのモンテ・バルド産だが、この産地のものはヴェローナ緑土と呼ばれて顔料に用いられた長い歴史がある。少なくともローマ時代にはすでに使用されており、レロス島の紀元前後の遺跡の壁画装飾を分析したところ、ヴェローナ緑土やニース北方の渓谷に産する海緑石が含まれていることが分かった。
とはいえセラドン石の最大の産地は当時から19世紀に至るまでキプロス島で、トン単位で緑土が採集されたという。ヨーロッパでは緑土は単色で使って灰緑色を与えるよりも、彩度の高い顔料の下塗りに用いて色味を和らげるのが主な役割だったようだ。同様に緑泥石も用いられた。主役を張る緑色は、エジプト以来、銅系の鉱物顔料が用いられた。一方、インドでは本来の色を出すために単独で使用された。アジャンタの石窟にその例がある。

セラドン石は世界中どこにでも産する地味な鉱物なので、あまりコレクターの脚光を浴びることがない。一昔前にインドから緑色の輝沸石が出て、「非常に珍しい」と評価されたことがあったが、その色を与えるインクルージョンは、後にセラドン石と分かったようだ(⇒No.450)。

補記:玄武岩の語源である玄武は古代中国の四神のひとりで、北方(すなわち玄冬=黒い冬)を守る亀の姿をした霊獣である。この神に由来して黒色火成岩の名となった。 英語のBasalt は、エジプト人がエチオピア産の黒い大理石をBasaltes(バサルト)と呼んだのが始まりだが、後にヨルダン東部のバシャンに産する玄武岩を指すようになった。 cf. 玄武洞

鉱物たちの庭 ホームへ