ひま話 シュタイアーマルク州エルツベルグ鉱山 その1 (2014.6.29)


シュタイアーマルクの州都グラーツは四囲を山に包まれた土地で、車で少し郊外に出れば緑豊かな丘陵地帯が広がっている。A9アウトバーンにのって北西へ向かうと、木曽路はすべて山の中である。
50キロ先のレオーベンで高速を降り、エルツバッハ川の渓谷に沿う 115号線をさらに北西へ進む。山は深くなり、標高はどんどん上がっていく気配。グラーツを出た頃の曇天はさらに暗くなって雨が降り出した。運転するスティリア人が「雪になるかも」と言う。5月といっても山地は冷える。
10キロほど走ると道沿いに古い瀟洒な建物が並んだ小さな村に入った。かつて鉄鉱石の製錬業で栄えたフォルダールンベルク。家屋の壁や屋根に特徴的な渋い赤色が目立つ。副産物として製造された塗料の色で、この地方の特産品だと言う。おそらくスウェーデンのファールン鉱山で作られたファールー・レッドや岡山県柵原のベンガラと同様のものと思われる。
さらに数キロ進んで峠道が長い下りに差し掛かる頃、そろそろ左手に鉱山が見えてくるはず、と教えられる。大曲りを曲がると眺望が開け、緑の山並みの中に茶色い岩が剥き出しになった巨大な斜面が現れた。グラーツから約1時間半。こうして車はシュタイアーマルクが誇る大鉄山エルツベルグ(エルツベルク)の麓の町アイゼンエルツに入ったのだ。

エルツベルグは文字通り、エルツ(鉱石の)ベルク(山)で、古くから知られた鉱山だった。起源ははっきりしないが、ケルト人や古代ローマ人が採掘していたといい、あるいは採掘を始めたのはスラブ人だったという説もある。いずれにせよ本格的な採掘が千年以上続いており、一説に712年の開山といい、またすでに4世紀にはローマ人が「ノリクムの鉄」を重用していたことから、16世紀の歴史があるともいう。鉱山に関する最古の文書は 1171年にさかのぼる。
冬季に冠雪するほどの寒さもあって、初期には坑道掘りのみが行われていたが、やがて露天掘りが主体となった。中世期には上層部はフォルダールンベルク側から、下層部はアイゼンエルツやイナーベルク側から採掘されていた。アイゼンエルツや周辺の丘陵に製錬施設が設けられ、時代が降ると水車動力を使った炉が川堤に築かれた。鉄鉱石はこれらの村で製錬され、可鍛鉄や高品質の鋼に加工された。そしてエルツバッハ川下流の町レオーベンやシュタイアーに集められ、ヨーロッパ中に出荷された。

エルツベルグはもともと標高1,524mの姿美しい緑の山だったが、露天掘りによって変貌し、今日では標高1,466m のピラミッド状の禿山となっている。谷底から山頂まで約700m、全42段の露天掘りテラスがある。ピラミッドは17世紀半ば頃から徐々に形をなして、19世紀には今日の姿になったという。上層14レベルはすでに掘り尽くされたが、下層は今も採掘されており、「スティリアのピラミッド」、「スティリアの鉄帽子」と愛称されている。シュタイアーマルク州鉱工業の象徴的な存在である。
稼働中の各レベルは24m(一部12m)刻みの段で、露天掘り坑全体の面積は約6.5平方キロ、各段を巡る道路の総延長は70kmある(google の航空地図で見ることができる)。

山全体が硬砂岩の基底部の上に厚くかぶった古生代の苦灰質石灰岩から成り、交代作用によってアンケル石(苦灰石のマグネシウムが鉄に置換されたもの:鉄白雲石)や菱鉄鉱に鉱化されている。鉄分は付近のヒン岩に由来するとみられ、火成作用で炭酸鉄が溶け込んだ熱水が石灰岩に作用したものとされる。世界最大級の菱鉄鉱鉱床であり、中欧最大の露天掘り鉱山である。これまで採掘された鉱石の総量は 2.3億トン、うち2億トンは20世紀に採掘された。そして採掘可能な菱鉄鉱がなお約 1.4億トン埋蔵されているという。(⇒鉄鉱石サンプル

鉱石の品位は21%程度(max 32%)でどちらかといえば低い方だが、大規模露天掘り技術や効率的な処理施設を活用することによって、リンツやドナウィッツの製鉄業に価格競争力のある鉄を提供し続けている。(ちなみに、これらの製鉄都市で 1952-53年に工業化された純酸素上吹法はリンツ・ドナウィッツ法(LD法)と呼ばれ、その転炉はLD 転炉と呼ばれている。cf. 鉄と鋼の話2
ただし、採掘コストのかかる地下坑道掘りは1986年に打ち切りになった。

現役の鉱山であるが、季節のよい5月から10月の間、一般の観光客向けに2種類の鉱山ツアーが行われている。一つは稼働中の露天掘り見学コース(約1時間)で、一つは地下坑道の一部をミュージアムにした地下見学コース(約1時間半)。ツアーは10:00〜15:00にスタートし(それまでに事務所で受付け)、2コースとも参加の場合、料金は26ユーロである(クレジットカードは特定のものしか扱っていないので現金を用意すべし)。

 

エルツベルグの麓町 アイゼンエルツ

露天掘り見学コースは、ハウリー・アドベンチャー・トリップといい、
巨大な鉱石運搬車を改造した車両に乗ってピラミッドを登っていく。
ハウリーは米国製の「ハウルパック・トラック」の愛称。
もともと鉱山で使っていたものを乗客 64人乗りの観光車に改造してある。
長さ 11.35m、幅 5m、高さ 4.88m。自重 55t、最大積載荷重 77t。
カミンズ製 860馬力エンジンを搭載する。 

黄色いヘルメットとポンチョを着てツアーに参加する。
シュタイアーマルク州の学校ではエルツベルグ鉱山ツアーが
人気行事だそうで、スティリア人なら誰もが学生時代に
一度は鉱山を訪れるという。そうして郷土愛が育まれるのである。

事務所を出たハウリーは、蛇のようにうねる坂道を力強く登っていく。
アイゼンエルツの町がどんどん小さくなる。周囲は緑の山地。
たたなづく青垣 山籠れるスティリアしうるはし。

見上げればエルツベルグの頂がみえる。

露天掘りの階段状のテラスを運搬車がゆく

稼働中の最上層(これより上になお14層ある)からの眺望

「ピラミッド」と呼ばれるエルツベルクの山
ちなみに毎年初夏にはエルツベルグ・ロデオ(エンデューロ)という
バイクレースが開催されている。麓から頂上までを一気に駆け上がる
恐るべきヒルクライム。完走率はきわめて低いらしい。

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