199.菱鉄鉱 Siderite (ドイツ産ほか) |
ヨーロッパでは有史以来、簡素な鉱炉で木炭と鉄鉱石を燃やし、ルッペと呼ぶ半溶状の鉄を作ってきた。その流れが大きく変化したのは
14,5世紀のこと。ライン河の支流ジーグ河上流にあるジーゲルランド(ジーゲン)に築かれた高炉が製鉄法を一変させた。ここは古くから製鉄の行われた土地で、一帯に産出する菱鉄鉱は多量のマンガンを含み、優れた鉄(鋼)の原料とされていた。菱鉄鉱は鉄の炭酸塩(FeCO3)で、酸化鉄である赤鉄鉱や磁鉄鉱と比べると精錬が容易である。おそらく人類が最初に利用した鉄鉱石だったろう。
水車を利用したフイゴからの強力な送風と高いシャフトを組み合わせた高炉は、より高い燃焼温度と反応速度をもたらした。還元された鉄は十分な炭素を吸収して融点が下がり、炉の羽口から灼熱の光を放つ鉄が流れ出した。ヨーロッパが初めて知った溶けた鉄(銑鉄)であった。
本鉱は方解石と同じ結晶構造を持ち、完全なへき開を示す(下の画像参照)。菱面体の結晶を作るより、上の標本のように葉片状になることの方が多い。結晶の稜は曲がっているのに、割ると直線状に砕けるのが不思議だ。生成は還元的な環境、中性〜アルカリ性の条件下で生じ、地表にあって環境が変化すると、分解されて褐鉄鉱化する。
cf. No.390 球状菱鉄鉱
cf.イギリス自然史博物館のChalybite標本(コーンワル、ウィール・モードリン産 葉板状菱鉄鉱)
補記:中国は古くから青銅冶金技術が発達しており、欧州や近東よりも効率的な(高温に達する)炉を持っていたとみられる。製鉄技術はBC一千年紀に中央アジアから入ってきたとみられるが、優秀な炉に逢って、BC一千年紀中頃には鋳造可能な溶融鉄(鋳鉄/生鉄)が得られるようになった。送風機を具えた溶鉱炉はBC1Cにすでに存在し、AD1Cには水車動力と組み合わされていた。西洋より千年以上早い。
中国の高温炉の技術は、焼き物の分野では高温焼成の磁器をもたらした。鋳鉄の製造には
1150℃以上が必要だが、磁器の焼成には 1300℃が求められる。これも欧州に先駆けたが、発祥の時期はよく分からない。少なくとも宋代(960-1279)には存在したが、漢代に遡るとも言われる。14C頃から欧州に入ってきて憧れの的となった。