早いもので今年もはや松の内を過ぎ、いよいよ冬本番となりました。お正月休みは年甲斐もなく、プレイステーション2の「エースコンバット4」にハマり、ACEモードでオールミッション、ランクSをとるのに夢中でした。興味のない方にはなんのことやら分からないかもしれませんが、このソフトはフライトシミュレーション的要素を持ったシューティングゲームの傑作で、敵戦闘機が鮮やかな軌跡を描いて飛び、インメルマンターンやスプリットSや木の葉落し等の妙技を披露してくれます。こちらの発射したミサイルをスルスルとかいくぐってゆく有り様は、敵ながら天晴れ、実に美しい映像なのであります。たった一機のモビルスーツで、ア・バオア・クーの最終防衛線に突破口を拓いたアムロ・レイよろしく、愛機を駆り、ミサイルを打ちまくり、追撃をかわし、圧倒的に不利な戦況を覆してゆく快感。ああ…。
こういう楽しいゲームと、好きな本の数冊と、お気に入りの鉱物たちがいてくれれば、大雪が降ろうが、鰤(ブリ)起こしの雷が鳴ろうが、少しも気になりません。若き藤原定家みたく、「紅旗征戎、吾が事にあらず」といったところでしょう。あと、おいしい紅茶と、ヴァローナのチョコレート。願わくはアーモンドスライスをたっぷりまぶした歯応えのあるフロレンティナ・シュニッツェン。そして冬の夜長の鉱物話。
前回のひま話で安藤伊三次郎著「鉱物界之現象」という明治時代の本を紹介させて戴きましたが、今回はこの本(上巻)の後半部分に載っている鉱物識別表を巡る話題です。なんで、そんなものを? 現代の鉱物図鑑にだって鑑定表はついているじゃない? と疑問の声が上がりそうですが、万古不変の物性データを羅列した表にも、やはり時代の空気はあるものだということをお伝えしたいと思うのです。一見無味乾燥な表ですが、じっくり読んでみるとなかなか含みがあって面白いんですよ(そう思うのはマニアだけ?)。鑑定の心構えを説いた文章にも味わいがあります。
鉱物の鑑識にあたって、第一に注意すべきことは、普通の鉱物をよく知ることである。なぜなら、通常私たちが遭遇する未知の鉱物が希産種であることは、ほとんどまったくないからである。
苦笑いしつつ、「お説ごもっとも」と呟かざるをえません。自分の採集した標本が珍しい鉱物であってほしい、という気持ちは愛好家の誰しもに共通した心情であり、しばしばそのために鋭い(?)鑑定眼が曇りがちになるのは不可避の事態でありますから。そういえば、アメリカの希産鉱物専門商、Excalibur Cureton社が数年前に合併した直後、2000点ほどの仕入れ品を自社で再鑑定したところ、標本の65%にミスラベルがあったといいます。ことにアマチュア採集家が自分の判断で鑑定した(命名した?)鉱物に間違いが多く、希産種であればあるほど実は普通の鉱物を希望的にラベリングしていたケースが目立ったそうです。剣呑、剣呑。
原文を、安藤 序に書き写しておきました。ご参考まで。
さて、鉱物を識別するには、いくつかの指標があります。産状や共産鉱物といった環境的な要素、色、光沢、比重、硬度、へき開(ある方向にスパッと割れる性質)の有無、条痕色(磁器などにコスりつけた時の色)などの物理的性質、さらに含有成分に起因する化学反応。これらの相違から選択肢を絞っていくことで未知の鉱物の正体を見極める。鉱物趣味の楽しみのひとつであり、正確な知識(または鑑定表)と体系的な思考法、そして何より実際に鉱物に触れた経験の蓄積がモノを言う作業です。と同時にそうしたデータをまとめて作られた鑑定表は、研究者たちの長年に渉る努力と研鑚の発露だということもできるでしょう。それは完成されたものではなく、ひとつの試みと呼ぶのがふさわしいかもしれません。
安藤氏の表は、光沢の具合によってまず鉱物種を3つに大別し、次にその色(または条痕色)によってサブグループに区分してあります。そしてそれぞれのグループに該当する各鉱物について、鑑定上の特徴を記載しています。私がことに面白いと思ったのは、その中の「熱を加えたときの変化」という項目に当然のごとく出てくる「吹管分析」でした。
簡単に説明しますと、吹管は真鍮で出来たL字形の細い管です。一端がラッパ状になっており、もう一方の端には白金の尖った口(先口)がついています。アルコールランプなどの火炎に先口を近づけ、ラッパ状の口当てから息を吹き込んでやると、炎が強まって高熱を生じます。この炎に鉱物片を入れて反応を見るのが吹管分析です。
吹管のイメージ
吹管試験の様子
「鉱物の採集と見分け方」(1954)櫻井欽一著より
その様子は鉱物によって実に様々で、熔ける、熔けない、弾ける、色が変わるなど単純なものから、燐光を発する、炎に色をつける、ガスを発する、昇華物を生じるなど、含まれる元素によって特徴的な変化が現れます。炎の作り方にもコツがあり、炎から先口を少し離して吹くと還元炎が、先口を突っ込んで吹くと酸化炎が生じ(言うは易く行うは難し)、それによって鉱物の反応も違ってきます。さらに酸やアリカリ試薬を加えたり、硼砂球に粉末をつけて炙ったり、炭壷の中に鉱物粉末を入れて熱したり…。
識別表には、「吹管にて熔く」とか、「木炭上には硫黄を放ちて熔く」とか、「硼砂球に美緑色を生ぜしむ」とか記してあり、読んでいるだけでなんだか楽しくなってきます。薬品のシミに汚れたヨレヨレの白衣を着た人物が、炎を透かし試験片の変化を一心不乱に見つめている姿が眼に浮かぶようではありませんか。吹管分析のもう少し詳しい説明は、次のページに載せておきます。
水野彌作氏の著書「鉱物及地質学講話」(昭和5年 南光社)からの抜粋−吹管分析。
須藤俊男執筆・伊藤貞市著「本邦鉱物図誌」巻4(昭和16年 大地書院)からの抜粋− 定性試験。
ところで、三省堂の「大辞林」で「吹管分析」を引くと、
吹管分析:鉱物の化学成分の簡易分析法。試料粉末と無水炭酸ナトリウムとの混合物を木炭表面に埋め込み、吹管を用いて炎を吹きつけ出来た金属球や酸化物の皮膜の形や色により試料の化学成分を分析する。現在ではほとんど用いられない。
と書いてあります。同じく三省堂の「化学小事典」の記述はこうです。
吹管分析:乾式法による定性分析法のひとつ。四角柱状に削った木炭の表面に小さい穴をあけ、試料を詰め、そこへ吹管(口で吹いて空気の強い流れをつくる細い管)でブンゼンバーナーの炎を吹き付けたときにおこる変化、たとえば気体の発生・炎の色・昇華物の生成・試料の変色や融解などを観察して、試料中に含まれる元素を検出するもの。ほかの定性分析法が発達した現在では、この方法はほとんど行われず、歴史的なものとなった。
どうやら吹管分析は過去の遺産のようです。先に時代の空気と書いたのはここのところで、安藤氏の表で大きな役割を果たす吹管も、X線回折法や蛍光スペクトル分析が発達した現代では、もはや重要な鑑定手段でなくなったということでしょう。
しかし、今こうして古い識別表を読んでいると、その反応の美しさ、体系的な推理、実験している時に感じるであろうときめきは、現代の機械頼みの方法では決して味わえないものと思えてなりません。当時の人たちの方が、鉱物により深く接していたような気さえします。そんな気持ちを抱えて、次のページに識別表を写しました。皆さまもひととき、当時の鉱物鑑定の雰囲気を味わってみませんか?
ちなみに表中、酸に対する変化と熱を加えたときの変化の項目に、佐藤伝蔵氏の「大鉱物学」下巻(大正7年)からの引用をつけ加えてみました。資料価値が上がるかな、と思ってそうしたのですが、整合しない記述がいくつかあって、却って混乱の元となったきらいがあります。新しく書かれたものの方が正しい、という見方も出来るでしょうが、私としては、実験者によって現象(例えば色や熔け具合)の判定にかなり個人差(あるいは技量差も?)がありそうだ、程度に考えています。
また吹管分析の反応について別に簡潔にまとめた表があるので、併せてご紹介しておきます。
大橋 良一氏の著書 「鉱物岩石鑑定要覧」(大正15年 太陽堂書店)からの抜粋は、大橋表に。
須藤俊男執筆・伊藤貞市著「本邦鉱物図誌」巻4(昭和16年 大地書院)からの抜粋は、別表 及び 元素の検出法に。
これらの本を見ると、少なくとも昭和のある時期まで、吹管は鉱物学者たちの七つ道具のひとつだったのだろうと想像されます。
エースコンバットに因んで、おまけ。昨年末のクリスマスの写真です(人物は私の知り合い)。現代のサンタさんは音速機で世界を回るのですねえ。 Saint Nicolas, Clear to Take Off !
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