714.ルビー  Ruby (インド産)

 

 

片麻岩中のコランダム(ルビー) −インド産

 

 

古代の紅玉がガーネットであったかルビーであったか、あるいはスピネルであったか、当時の人には少しも問題でなかったと思われる。宝石は鉱物種よりもむしろ産地によって異なる評価を受けていたようだ。富山湾で獲れた魚とインド洋で獲れた魚と、どっちが美味しいか、といった感覚であろうか。
プリニウスは紅玉(カルブンクルス)には2種あって、インド紅玉とガラマント紅玉(カルタゴ紅玉)とがあると述べた。さらにエチオピア紅玉とアラバンダ紅玉(カリア紅玉)が加わり、それぞれに光輝の強い雄石と弱い雌石がある、とした。(cf.No.245)
今日の宝石書に、「雄石はルビーで雌石はガーネットだった」とコメントしたものをみるが、光輝の具合と鉱物種は必ずしも対応関係にないので賛成できない。
ガラマントやアラバンダは産地名(または加工地名)である。それぞれからガーネットアルマンディンの名が由来したといい、これらの土地の紅玉はガーネットで、インド紅玉だけが真正のルビーだったとする説もあるが、これも果たしてどうか。ここは無理に鉱物種をあてはめねばならぬところではないだろう。
セイロン島のルビー(及び各色のコランダム)は 2,500年前から知られていた、とフェルスマンはいう(一説に BC8C頃から)。その石がインド紅玉と呼ばれてギリシャ・ローマ文化圏に将来された、というのはありそうなことである。エトルリアの装飾品やBC5C前後のギリシャの遺物にそんなルビーがあるらしい。ただインド紅玉のすべてがコランダム種のルビーだったかはやはり疑問であろう。

ルビーの産地としてビルマ(現ミャンマー)、シャム(現タイ)、セイロン(現スリランカ)のあることは、20世紀初には西洋でも広く知られていた(cf.No.710)。しかしビルマやシャムでいつ頃ルビーが発見されたかはよく分からない。ビルマの鉱山に関するもっとも古いアジアの文献は 1597年に遡り、伝説的には(AD10C頃から)一千年の歴史があるとされるが、いずれにせよギリシャ・ローマ時代に稼働していたとは思われない。
ちなみに龍の卵からパガンの王やビルマのルビーが誕生したという伝説(cf.No.713)は、パガン王朝が栄えた9-13世紀、あるいはそれ以降に発生したものであろう。西洋人の旅行記にはそれより少し遅れて(ペグー王朝が栄えた時期に)ルビーが現れ始める。とはいえ、西洋でモゴック産ルビーの真価が認められたのはかの地が英領となった19世紀末以降のことである。(cf.No.715ちなみに 16C以前の旅行記にはペルシャ産のバラス・ルビー(バラシウス)が多く出てくる)

インドのスーリンドロ・モハン・タゴール(1840-1914)はセイロン産のルビーを賞賛し、最良のものはビルマ産の「パッドマラガ」に匹敵すると書いている。パットマラガは明るく輝く赤色の最上のルビーで、太陽のように光り輝き、炎のように遠くからでも見ることが出来る。プリニウスのインド紅玉にあたり、古来暗所で光るとされてきたのは、ルビーの中に燐光性を示す(太陽光にあてたり、炉の近くで熱した時に光る)ものがあったからだろう、という。
彼はルビーの位を4つに分け、パッドマラガはヴィプラ(バラモン)、クルビンダはクシャトリヤ、ソーガンディーカはバイシャ、マンサ・カンダはシュードラ、とヴァルナ(カースト)で表現している。このうちコランダム種のルビーは最上位のパッドマラガだけで、あとはいずれもスピネル種である。クルビンダはフランス等でルビセールと呼ばれたやや黄色がかった赤色のスピネル、マンサ・カンダはバラス・ルビー、と。ちなみにクルビンダはコランダムの語源になったタミール語(ヒンディー語、サンスクリット語でも同様)で、一般にはコランダムを指したとされているから話はややこしくなる。またバラス・ルビーにはルビー種とスピネル種が混在したと思われる(cf.No.294)。

インドの俗信によると、ルビーには4つの効能と8つの凶能があり、質の良い宝石は幸運を招き、悪い宝石は不幸を招くと信じられた。宝石の持つ良い力を享受するには、なによりも先ずよい宝石を手に入れることが肝要であった。
純粋無垢のパッドマラガには素晴らしい効能があり、家に置けば完全な平安がえられ、敵に囲まれても生命を保ち得て、悪運を払う。富をもたらし、呪術師の黒魔術を完全に打ち破る。蓮の葉の上に置くと花を開かせ、人を悟りへと導く。
ルビーにはさまざまな色あいがあり、それぞれに好む人がある。例を挙げると、バンドゥーカの花の色、ガンジャ・ベリーの色、コチニールの色、チャイナ・ローズの色、血の色、ザクロのタネの色、膠蟲樹 (butea frondosa) の花の色、鉛丹の色、赤い蓮の色、サフランに似た色、アラクタの色、クスマの花の色等々…。そしてコチニール色の石はインドラゴピ、血の色の石はラクタキーヤ、ザクロの種の色の石はクティマといった具合で、それぞれ異なる名称が与えられていた。
なおパッドマラガの最上のものはクリムゾン赤色であり、宝石商がピジョンブラッドと呼ぶものにあたる、という。以上タゴール著「マニ・マラ」(ひとつなぎの宝石:1879年)に拠る。
こうした記述から、インド文化圏においてはルビーとスピネルとが(そしておそらくガーネットも)、いかに分かちがたく赤色の宝石としての信仰を共有していたかがほの見える。

補記:マハーバリの体から生じた宝石をNo.713 補記5で紹介したが、赤色の石で名前があがっているのは「ルビー」(紅玉)のみで、ガーネットがないのも気になるところ。

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