スウェーデンのイェンス・ベルセリウスは優れた実験化学者として知られた。彼の手腕はほとんど神業で、物質の組成を極めて精確に分析することが出来た。ストックホルムの小さな実験室で、セレンやトリウム、セリウムを新元素として発見し、珪素、ジルコニウム、チタンを単離した。当時知られていたほぼすべての元素の原子量を測定した。
硫酸工場のスラッジからセレンを抽出した後、ベルセリウスはファールン産の黄鉄鉱を分析して(テルルでなく)微量のセレンを認めたが(cf.
No.735)、以前にも「スウェーデンのテルル鉱石」を調べたことがあったのを思い出した。それはウプサラ大学での彼の恩師J.アフセリウス(1753-1837)がガーンに送った標本で、吹管で熱するとハツカダイコン臭を発するのに、テルルを見出せなかったものだ。彼はアフセリウスに頼んで再度試料を送ってもらい、銀と銅の二セレン化物が含まれることをつきとめた。
同志のヒーシンゲルが、この試料はスェーデン南東部のスクリケルムの廃坑で採れたものだろうと指摘したので、ベルセリウスはすぐに鉱山局を訪ね、保管された同地の標本に同じ鉱石があることを確認した。
そして1818年に発表したセレンに関する最初の論文にユーカイライト
(Eucairite)として報告した。論文に間に合ったので、「間がいいなあ」という意味のギリシャ語エウカイロスに因んだのだという。和名:セレン銀銅鉱。組成式AgCuSe。ナウマン鉱(セレン銀鉱)Ag2Se とアギラル鉱
Ag4SeS との3者間でセレン銀銅鉱‐ナウマン鉱系をなす。
またベルセリウスは鉱山局のスクリケルム銅山の標本の中に、黒い物質が斑状に嵌入した方解石があり、この部分は微量の銀を含むセレン化銅であることを確認した。後に(1850年に)デーナによってベルセリウス鉱
(和名:セレン銅鉱)と命名されたものである。
組成式は Cu2Seとされ、高温型輝銅鉱(Cu2S)のセレン置換体と考えられていたが、加藤昭によると、2008年にコンゴ、ムソノイ鉱山産の試料の再検討により、「方輝銅鉱digenite(Cu9S5)の高温相のSe置換体に相当する」ことが分かって、
Cu9Se5に改められたという。(mindat や Wiki
はCu2Sと)
上の画像はスクリケルム産の標本。原産地のものなので割高。下の画像はチェコ産。この産地のセレン化鉱物は比較的入手しやすい。
補記:J.J.ベルセリウスに因む鉱物は、本鉱のほかに Berzeliite がある。O.B.クーンによって 1840年に記載された。