853.ギブス石 Gibbsite (中国産) |
19世紀初(1805年)にイギリスで銀星石が報告された時、その成分は水とアルミン(金属アルミ)だと考えられていた。発見者に因んで Wavellite または成分に拠って ハイドラルジライト Hydrargillite (水和粘土)と呼ばれたが、その後、燐酸成分を含むことが分かって ウェイベライト Wavellite に落ち着いた(cf. No.745)。
1820年、米国マサチューセッツ州リッチモンドの褐鉄鉱鉱床に水とアルミンを成分とする放射細柱・皮殻状の鉱物が発見された。当初は銀星石と考えられたが燐酸を含んでおらず、翌年、新種として
Hydrargillite
の名で呼ばれることになった。ところがその翌年には米国鉱物界の大御所ジョージ・ギッブス(1776-1833)
に寄せて ギブサイト Gibbsite
の名が提案される。以来米国では Gibbsite
と呼ばれ、日本でもギブス石で通っているが、ヨーロッパではハイドラルジライト
Hydrargillite の名で親しまれているようだ(IMA
記載名は前者)。
ちなみに G.G.
は富裕商ギッブス家に生まれ、若い頃欧州に遊学して鉱物学を学んだ。鉱物蒐集に励み、帰国した時には2万点に及ぶ標本を持ち帰った。彼のコレクションはイエール大学の知己
B.シリマンと図って 1811年に公開され、1825年、同大学に2万ドルで譲渡された。当時の米国における最大規模の鉱物コレクションだった。G.G.
はその後も新しい標本を蒐集して楽しんだ。
ギブス石は組成 γ-Al(OH)3 の水酸化アルミニウムで、No.852
に倣って表記すれば Al2O3・3H2O
と書け、3分子の水を含むことが分かる。加熱して水分を飛ばすとダイヤスポア/ベーム石になり、最終的にアルミナ(コランダム)に変化する。逆もまた然り。
熱帯〜亜熱帯気候下の風化作用で生じるボーキサイト鉱石の主要成分の一つで、普通は珪酸アルミナから珪酸分が溶脱、水和して出来たものである。他にもさまざまな産状があり、母岩(の成分)と関わりなしに熱水脈の構成鉱物として産することもある。
たいてい塊状、鱗片状〜粉末状(土状)だが、時に自形結晶をなす。ノルウェーのランゲスンツ(サーガやツヴェダレン採石場のスプルースタイン中)、カナダのモンサンチラール、ロシアのロボゼロ産の標本に六角板状の微小結晶が見られる。霞石閃長岩から生じると結晶性がよいのかもしれない(あるいは北国なので極端な風化を受けないのか?)。ほかにブラジルやウラル山脈にも報告されている。
ボーキサイト(ギブス石、ダイアスポア、ダイアスポアと同質異像のベーム石(γ-AlOOH)等の)鉱石から、金属アルミニウムを精錬するには電炉での電気分解がほぼ唯一の手段であるが、前処理として不純物(鉄分や珪酸分)を排除し、純度の高いアルミナを得ておくことが肝要である。それには粉砕した鉱石を高温加圧環境下で濃水酸化ナトリウム溶液に漬けてアルミナ成分を溶出させ、不溶性の不純物を分離する。その後、加水分解で沈殿させた水酸化アルミニウムの白泥を回収、これをV焼して高純度のアルミナとする。1888年にドイツの K.J.バイヤー(1847-1904)が発明した手法でバイヤー法という(補記2)。アルミニウムの生産性は 1886年に発明されたアルミ電気精錬法(ホール・エルー法)と、バイヤー法とによって飛躍的に向上した。(cf.No.684 氷晶石)
水酸化アルミニウムにはいくつかの同質異像があり、α、β、γ....
等と標識される(補記3)。このうち α-Al(OH)3 は 1928年に薬品として合成され、前述のバイヤーに因んでバイヤー石(バイエル石)
Bayerite
と名づけられた。後にイスラエルのハトルリム層やロシアのドニエプル地域などから天然物が見出された。細柱・皮殻状で自形の報告はないが、合成物は極微の六角板状。
β-Al(OH)3 は1958年に R.A.v.ノルドストランドによって合成され、ノルドストランド石
Nordstrandite
と呼ばれる。これも天然物は後から見出された。土壌鉱物として産し、自形は菱形の輪郭を持つ。日本でも報告されている。
γ相の鉱物はギブス石。多型で単斜晶と三斜晶とがある。バイヤー法の過程で得られる白泥はギブス石である。
δ(デルタ)-Al(OH)3 のドイル石 Doyleite
は、カナダのモンサンチラールで採集され、採集者の E.J.ドイルに因んで
1985年に命名された。
以上、天然には同質四像(ギブス石の2つの多型を数えると同質五像)の水酸化アルミニウム鉱物が知られているが、これらの違いは層状構造の積み重なり方にあり、化学的活性度が大きく異なるそうだが、標本において肉眼的な区別はまず不可能である(X線回折による分析が必要)。
ギブス石は鉱石としてはありふれたものだが、美麗結晶標本にお目にかかる機会はあまりない(上述の微小結晶くらい)。最近は中国産のブドウ状集合標本が市場に出ているが、同じ姿形の標本で異極鉱やらゴム石やらも出ているのでなんだかアヤシイ感じがする。と言うのが言い過ぎなら、ギブス石ならではの特徴が分からない。とはいえ青〜緑色の色調は美しいものだ。
中国からは湖南省 baoshan 産と標識された標本が2000年代中頃に出て、当初は異極鉱とされたが、X線回折試験の結果、ギブス石〜ドイル石に改められた。色調で区別のつくものでは本来ないけれども、青みがかった緑色のものがギブス石、淡いリンゴ緑色のものがドイル石と見做されるようだ。ギブス石の上にドイル石が成長したとする両種併存の標本もある。母岩は硬質の褐鉄鉱。Baoshan
(宝山)は湖南省南部にある鉛・亜鉛の鉱山というが委細は不明。
また雲南省 Wenshan (文山)産とする同タイプの標本が2012年の上海ショー以降出回っている。こちらは緑色味のないキレイな青色をしたぶどう状。やはり委細不明。
画像は2012年に入手した標本で、雲南省 Baoshan産のラベルがついているのだが、Baoshanなら湖南省のはず。入手時期と見た感じ(色合い)からすると本当は"いわゆる" Wenshan 産ではないかと思う。
補記:アルミンはフランスのラボアジェがミョウバンに含まれる(と推測される未知の)金属に与えた名。1807年、ミョウバンから電気分解でアルミナを得たイギリスのデービーはこの金属をアルミウムと呼んだ。1856年、世界初の金属アルミ精錬工場を造ったフランスのドビルはアルミニウムと呼んだ。
補記2:バイヤー法はもともと、繊維工業で用いる媒染剤の原料にするアルミナを効率よく得るために研究開発された。
補記3:同質異像を標識するα、β…の順はいささか恣意的で、本文は鉱物学関連の文献で一般に採用されている順を示した。しかし最初に発見されたギブス石をα、バイヤー石をβとする順も用いられている。またダイアスポアとベーム石も鉱物学文献ではそれぞれα、γで標識されているが、β、αと示されることもある。