852.ダイアスポア2 Diaspore (トルコ産)

 

 

Diaspore ダイアスポア

ダイアスポア -トルコ、Mugla-Aydin 産

 

ダイアスポアはアルミニウムの酸化・単純水酸化物 (α-AlO(OH)) で、組成式を倍して酸化物(アルミナ)と水分とに分けて表現すれば Al2O3+H2O と書ける。成分の15 %(重量比)が水分に相当する。同じ伝で、より多くの水分を含むギブス石 Al(OH)3  は Al2O3+3H2O と書ける。一般に Al2O3+nH2O となる水酸化アルミニウム鉱石(混合物)を一括りに水礬土鉱・ボーキサイトと呼んでいる(補記1)
多量のアルミナを含むボーキサイトは金属アルミのよい原料になるが(採算ベースは品位 30%以上という)、資源として利用されているのは、たいてい熱帯性・亜熱帯性の気候下に著しい風化作用を受けた水成岩鉱床である。オーストラリアのクイーンズランド州が大産地で、次いでジャマイカ、ブラジル、ギニア等で採掘されている。

日本には「ボーキサイト」鉱石は出ないが、その成分であるダイアスポア(やギブス石)は浅熱水性の変質を受けたろう石鉱床に、葉ろう石 Al2Si4O10(OH)2 ,(or Al2O3+4SiO2+H2O)や粘土鉱物を伴う集合体として産する。この種のダイアスポアは一般に堅硬で重く、俗に「ダイアス」、「擬石」(ぎし)などと呼ばれる。岡山県三石地方のろう石鉱床中の球状塊は「目玉石」と愛称されている。割ると内部は累帯構造を持っており、ダイアスポア、カオリン、葉ろう石が層をなす。コランダム(無水アルミナ Al2O3)や紅柱石 Al2SiO5 ,(or Al2O3+SiO2)を伴うこともある。アルミナは優れた耐火性を持つので、窯業用の原材料に用いられる。
私は大分と昔に夜久野の採石場をさらっと浚って、現場の方に「これがダイアス、目玉石ですわ」とそれらしい砕片をいただいたことがある。でも、その時は無色の目玉石よりも、ろう石中に散らばる淡青色や淡紅色のぶつぶつした粒々の方が気になって仕方なかった…。

無水アルミナのコランダムは硬度 9でかなり硬いが、ダイアスポアも 6.5-7で石英並みの硬度を持つ。但、へき開明瞭で剥がれやすくて脆い。へき開面は真珠光沢を示し、塊状のものでも手元で回すと破面がよく光って見える。自形結晶面はガラス光沢。
閉管中で加熱するとへき開に沿って鱗片が剥がれ、激しく跳ね飛ぶ。この「四散する」性質からアウイはダイアスポアと名付けた(1801年)。古い図鑑の和名はヂアスポル、ジアスポルの表記が多い。ディアスポラ(パレスチナ以外に散らばって住んだユダヤ人の社会、民族の離散)と同源の語である。
ちなみに加熱すると剥がれる性質は葉ろう石も持っているし、魚眼石はその名 Apophyllite の由縁になっている(葉状に剥がれる石の意)。蛍石だって加熱すれば爆ぜて光りながら飛ぶ。
ダイアスポアの別名には、エンフォライト Empholite (視認が難しかったので、「隠す」に因んで 1883年)、Kayserite(ドイツの地質学者 E.カイザーに寄せて)、 Tanatarite (ロシアの鉱物学者 J.タナタールに寄せて)がある。

研磨剤として長い歴史を持つエメリー(日本では金剛砂・鑽鉄とも呼ばれる)は磁鉄鉱などの不純物を含むコランダムの砂状鉱だが、ダイアスポアはその風化物として産し、エメリー鉱床に柱状の微小結晶が見られたらダイアスポアである可能性が高いという。よく海外の図鑑に載っている米国マサチューセッツ州チェスター産の標本(補記2)はこの産状。チェスター「エメリー」鉱山は19世紀中頃から1940年代まで採掘され、その間に本鉱や Margarite(真珠雲母)の美麗標本を多産したことで知られた。ズリでの採集も 1970年代まで可能だったという。淡赤紫色を呈するマンガン・ダイアスポアで、斧石によく似ている。
原産地の中央ウラル、ムラモールスク・スボドもエメリー鉱山で、かつて良晶を出した。今日のロシアでは、灰クロムザクロ石含クロム・アメス石で知られるウラル・サラヌーイのサルノフスキー鉱山から淡紫色の板状結晶標本が出ている。

画像はトルコ南西部、エーゲ海沿岸のムーラ県産。鉱山はアイディンとムーラの中間あたり、ピナルチュクにあり、変成ボーキサイト(メタボーキサイト/ダイアスポライト diasporite)を掘ってアルミ鉱石として出荷してきた。ダイアスポアの巨大な宝石質の結晶は、メタボーキサイト鉱床と大理石とが接する破砕帯の空隙に生じている。1978年頃から84年にかけて数十トンの結晶集合塊が(鉱石として)輸出されたが、それは不法に採掘されたものだったという。その後黄褐色の透明へき開片が宝石原石として大量に市場に流れ、ほどなく自形結晶標本も出回り出した。90年代に入ると目の肥えた(財布の紐の緩い)収集家向けにV字双晶した大型結晶標本が出て斯界で定番化した。
鉱山は 2005年に私企業に売却され、以降スルタン石 Zultanite の名で宝石原石が売られるようになった。その名もスルタナイト宝石会社という企業の許認可事業はアルミ鉱石用のダイアスポライト採掘だそうなので、宝石原石や標本の販売はサイドビジネスの建前だろうが、それにしては社名が怪しい。輸出申告は鉱石相場のアンダーバリューであろうか。

cf. No.851 ダイアスポア

 

補記1:ボーキサイト Bauxite は南フランスのボーズ Baux に産した豆状の粘土質鉄鉱を指した。のちにダイアスポア、ギブス石、ベーム石(ダイアスポアと同質異像)などの混合物であることが示され、現在は水酸化アルミニウム鉱物の総称として用いられている。

補記2:私の手元にある図鑑で、ボネヴィッツの「岩石と宝石の大図鑑」、ペラントの「岩石と鉱物の写真図鑑」、ホールデンの「宝石・鉱物百科」は同じ標本(というか同じ写真)を使い回していて、笑ってしまう。ほかにないのかしらん?

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