859.ボトリオゲン Botryogen (チリ産)

 

 

Botryogen ボトリオゲン

ボトリオゲン(濃橙色)、毛状塩/ハロトリ石-苦土毛ばん(白色)
 -チリ、アタカマ砂漠、コピアポ産

 

ボトリオゲンは鉄とマグネシウムの7水和・水酸硫酸塩で、組成式 Fe3+Mg(SO4)2(OH)・7H2O。このタイプの鉱物は硫化鉄鉱(黄鉄鉱)からの分解物として生じることが多く、風化の程度によって水和分子の多寡、水酸基のあり方が変化してゆき、また随伴するほかの元素(アルカリ金属や銅・亜鉛などの陽イオン類、塩素や弗素などの陰イオン類)との組み合わせ次第で、夥しい数の種へ細分化が可能である。素人には何が何だか分からない。
しかしごく簡単にまとめれば、黄鉄鉱からの風化で生じる場合、まず最初に形成されるのは緑ばん(硫酸鉄・copperas)であり、風化が最終段階まで進むと針鉄鉱 Goethite /褐鉄鉱 Limonite となる。環境次第でその中間過程にさまざまな種が出現し、ボトリオゲンはその一つの例ということが出来る。もっともマグネシウム成分の供給が可能な環境で、と但し書きがつく。

黄鉄鉱の分解に始まる鉄の水酸硫酸塩の風化過程を概観した論文で、トマス・アームブラスターはモデルケースとして次のような種の変遷を示している。

Pyrite 黄鉄鉱: FeS → Melanterite 緑ばん: Fe2+(SO4)・7H2O → Siderotil 繊鉄鉱: (Fe2+,Cu)SO4・5H2O → Rozenite ローゼン石 : Fe2+SO4・4H2O → Szomolnokite ゾモルノク石: Fe2+SO4・H2O → Copiapite コピアポ石/葉緑ばん: Fe2+Fe3+4(SO4)6(OH)2・20H2O → Roemerite レーマー石: Fe2+Fe3+2(SO4)4・14H2O → Quenstedtite ケンステット石: Fe3+2(SO4)3・11H2O → Coquimbite コキンボ石: Fe3+2(SO4)3・9H2O → Kornelite コルネル石: Fe3+2(SO4)3・7H2O → Rhomboclase ロンボクレース: (H5O2)Fe3+(SO4)2・2H2O → Voltaite ボルタ石: K2Fe2+5Fe3+4(SO4)12・18H2O → Bilinite ビリナ石: Fe2+Fe3+2(SO4)4・22H2O → Parabutlerite パラ・バトラー石: Fe3+2(SO4)(OH)・2H2O Jarosite 鉄明ばん石: KFe3+2(SO4)2(OH)6 → Goethite 針鉄鉱:  FeO(OH)    

すなわち、始めは低い酸化状態(2価)の鉄の硫酸塩が水和物として現れ、次第に水和の程度が下がる。次いで一部が高い酸化状態(3価)を持った水和物が現れ、3価の鉄のみの硫酸塩水和物が現れ、先と同様に水和の程度が下がってゆく。環境によっては再び2価の鉄への還元反応が起こることもある。このとき組成は複雑化する。最終段階では水和による水分子との緩い結合は水酸基の形の強い結合に変わってゆく。

このモデルに当てはめると、ボトリオゲンの化学状態は、コルネル石(3価鉄イオン・7水和物)から、パラバトラー石(3価鉄イオン・水酸・2水和物)の中間あたりの段階に相当するものと解釈できる。
とはいえ共産鉱物には上記中のコピアポ石が知られているので、コピアポ石と同程度の風化段階で、2価の鉄イオンの代わりにマグネシウムイオンが入ったものがボトリオゲンという観方の方が妥当であろう。また上記のコキンボ石やボルタ石、Amarantite アマラント石: Fe3+2(SO4)2O・7H2OHohmanite ホフマン石: Fe3+2(SO4)2O・8H2O  との共産例もある。というふうに見ていくと、ともかくも、3価鉄イオンの鉱物が出来る程度に風化した段階の産物と言える。
黄鉄鉱とは普通、共産しない。風化がそれなりに進まないと出現しないわけだろう(かつ火成岩や温泉水などからのマグネシウム分の供給も必要)。
ほかの共産鉱物としては、苦土毛ばん(MgAl2(SO4)4・22H2O)、エプソム塩(MgSO4・7H2O)、石膏(CaSO4・2H2O)などの水和硫酸塩がある。
希産種だが、乾燥気候地域には大量に見られる。水溶性は著しくはなく、沸騰水に部分的に溶ける程度。塩酸に溶ける。へき開があり、また脆い。

本鉱を最初に報告したのはベルセリウスで、1815年、スウェーデンのファールン鉱山に産するものを「赤色の鉄ヴィトリオール」と呼んだ(「赤色の緑ばん」のニュアンス)。ハイジンガーはさらに研究を加えて、高酸化状態の鉄とマグネシウムの水和物と見当をつけ、その結晶が濃赤色の葡萄状の球果集合をなす傾向を持つことから、ボトリオゲン(ぶどう状に成長するもの)と呼んだ(1838年)。 異綴名に Botryte, Botryite がある。同様の由来で知られる鉱物名にボトリオ石 Botryolite (1808年:ハウスマン)があるが、これは今日ダトー石の亜種名となっている。

ほぼ同様の組成で水和量の異なる鉱物がチリのケッテナに発見されてケッテナ石 Quetenite と呼ばれたが(1890年 フレンツェル)、後にボトリオゲンと同じとされた。
また同年、くるみ(チェスナット)色の水和鉄硫酸塩がチリのシエラ・ゴルダに発見されて栗石 Castanite と呼ばれた。ボトリオゲンだろうと疑われたがホフマン石であった。その後 1931年、類似の鉱物に改めて Castanite の名が与えられたが、こちらはアマラント石だった(いずれもボトリオゲンに似ている)。
上掲のレーマー石は 1858年にドイツのランメルスベルク鉱山でコピアポ石と共産して見出されたが、ボトリオゲンそっくりの産状だったので同種と疑われたことがある。

画像の標本はチリのコピアポ産。白色毛状の鉱物は、ラベルに毛ばん(Halotrichite)とあるが、おそらくはむしろ苦土毛ばん(Pickeringite)。淡黄色部分はコピアポ石と思われるが、ラベルに言及がないので断定を控える。
ボトリオゲンの標本は 1990年代にイタリア、リビオラ鉱山産のものがよく出回った。
2000年代以降はアルゼンチンのサンタ・エレナ鉱山産が出ており、高品質とされている。この産地は 1940年代に研究されて、バトラー石、パラバトラー石、スラヴィク石 Slavikite (H3O)3Mg6Fe15(SO4)21(OH)18・98H2Oが報告され、新種サルミエント石 Sarmientite Fe3+2(AsO4)(SO4)(OH)・5H2Oが記載された。
また古い歴史を持つスペイン、リオ・チントの鉄鉱山地帯にボトリオゲンやコキンボ石、ボルタ石などの良晶が採れるというが、市場ではあまり見ない。(ebay で見たら出てた。うっかり書けないなあ。)

 

補記:緑ばんのような2価の鉄イオンの水和硫酸塩では、鉄イオンは水分に守られて簡単に酸化されない。しかし酷暑の乾燥気候帯では水分が完全に飛んで酸化が進み、3価の鉄イオンを含む硫酸塩が生じる。日本ではあまり起こらない反応。

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