858.苦土毛ばん Pickeringite(Bushmanite) (RSA産)

 

 

 

Pickeringite 苦土毛ばん

苦土毛バン (ピケリング石 var. ブッシュマン石)
−RSA、ブッシュマン川産

 

 

自然界に産する資源は普通さまざまな物質を相伴った状態で見出される。人間はその中から目的の物質を選り出して利用するために、採集物を分離し精錬し浄化する技術を発展させてきた。目当ての物質が見かけのまったく異なる素材から抽出されることは珍しくないし、時には得られた純粋物を再び掛け合わせて反応させ、別の物質を合成しなければならないこともある。
化学の発達は、こうした物資錬成の必要に迫られて、工夫され蓄積された知識を体系化してゆくことで進んだ。体系によって細分化もまた可能になった。

ルネッサンス期の西欧では、科学知識の源泉の第一はイスラム文化圏から流入した文献にあった。端的に言えば錬金術(アル・キミア)の書であり、これを数多の試行錯誤を経て独自の元素哲学の下に再構成したのが近世西洋の「化学(ケミストリ)」だったといえる。
萌芽期の「化学」にもっとも大きな影響を与えたイスラム錬金学者は、おそらく8世紀のゲーベル(ジャービル・イブン・ハイヤーン)であろう。ゲーベルの名はほとんど神格化されていて、彼の名の下に膨大な文献が編まれた(3,000編という)。13世紀のヨーロッパでも多数の錬金術文書が彼を著者に借りて刊行された(「ラテンのゲーベル」)。
いわゆるエリクサ(錬金万能薬)を始め、さまざまな薬効を示す物質が取り上げられたが、ミョウバンは調製のための基本的な素材の一つであった。

イギリスの化学者トマス・トムソンは「化学の歴史」(1830)の中で、ゲーベルは3種のミョウバン(アルム)を知っていたと述べる。氷状アルム(ロッカのアルム)、ジャメニのアルム、羽状アルムである。ロッカ(あるいはエデッサ)はミョウバン産業が最初に興ったシリアの一地方で、その歴史はゲーベル以前に遡るだろうとし、またジャメニはゲーベルが活躍した当時のミョウバン主産地の一つ、羽状アルムは不純な天然ミョウバンの一種でギリシャ・ローマの頃から知られていたものに違いないと言う。(※氷状とは無色透明の結晶質の状態の描写と思われる。西洋ではこの種の物質を氷状・ガラス状などと形容した。ガラス様(vitric)の外観から ヴィトリオール(vitriol)と呼ばれたさまざまな塩類(礬類)がある。 -sps)
そしてアルムをガラス容器中で赤熱して得られた蒸留液から、ゲーベルは硫酸を得て鉄やアルカリ塩を溶かすのに用いただろうこと、「ジャメニのアルム」を原料の一つとして硝酸が調製されたこと、王水の原料の一つはV焼したアルムだったことを指摘している。(補記3)

「ロッカのアルム」と「ジャメニのアルム」は純良な精製品(の商品名)で、成分的には狭義のミョウバン(カリミョウバン)と思われる。ロッカの名は15世紀以降ヨーロッパで作られるようになったミョウバンに引き継がれ、今日なおアルーメディロッカ(allume di rocca)ないし類似の名がイタリアやフランスで用いられている。

羽状アルム feather alum は羽状・繊維状・綿状を呈する物質で、鉱物学的にはちょうどトムソンの時代に識別されたいくつかの種、針状のエプソム塩 Epsomite (1806年 デラメテリエ)アルノーゲン Alunogen (1832年 ビューダン)鉄毛ばん(ハロトリ石) Halotrichite (1839年 グロッカー)、 苦土毛ばん Pickeringite (1844年 ヘイズ) などが該当するとみられる(補記)
このうち鉄毛ばん Halotrichite は古くドイツで毛状塩 haarsalz (ラテン語でハロトリクム halotrichum)と呼ばれた「鉄ミョウバン」に与えられた名である。カリ明礬の硫酸カリウム成分を硫酸第一鉄で置換した物質として真正明礬の一つと考えられたが、結晶構造や水和条件がやや異なり、今日の鉱物界ではミョウバン類 (Alunite グループ)と区別されている。西洋事物起源によると、最初にこれが礬類であることを発見したのはヘンケルで、アトラス・ビトリオール(アトラス礬)と称した。
いずれもよく似た外観を持ち、羽状のものは「吹けば飛ぶ」。ハウスマンはアルノーゲンを毛状塩 Halotrichite と呼んだ(1847年)

羽状アルムはかつて、その外観から石綿(cf. No.327, No.328)と混同されたことがあった(実際、よく発達した毛状標本は酷似している)。No.855 にミョウバンの用途として、木造家屋に耐火性を与える例を述べたが、おそらく本当は石綿を塗りつけるのであったろう。羽状アルムは水によく溶けるが、石綿は溶けない。(cf. No.870

鉄毛ばんは組成 Fe2+Al2(SO4)4・22H2O。長らくミョウバンの仲間として鉄明ばんと呼ばれたが、既述の通り(No.856 補記2)、鉄明ばん石 Jarosite と紛らわしく(共産することもある)、また厳密にはミョウバンでないとされて、本来の語源(毛状塩)を活かして単に毛ばん、ないし鉄毛ばんと呼ばれるようになった。
対して本鉱・苦土毛ばんは組成 MgAl2(SO4)4・22H2O。毛ばんの鉄分の過半をマグネシウムで置換した物質に相当する。鉄とマグネシウムの比は連続的とされるが、天然物はいずれかの端成分に近いものが多い(中間物もあり、マンガンが置換したものもある)。
英名 Pickeringite は米国科学アカデミーの総裁を務めたジョン・ピカリング(1777-1846)に因む。アルミ成分を含む岩石中に黄鉄鉱の風化物として生じ、また炭田や硫黄鉱床、火山噴気活動の産物として生じる。廃坑の古い切羽やズリに生じていることもある。水にあうと溶けるので、標本は乾燥気候帯に産したもの、水分の当たらない堆積岩の露頭に残存したものが多い。舐めると収斂味(苦味、渋み)がある。

画像は南アフリカのブッシュマン川周辺に採取されるもので、かつてブッシュマン石 Bushmanite と呼ばれた(Dana 1892)。その以前は Bosjemanite と綴られた(Dana 1868)。いずれも地名に因る。アルミ、マンガン、マグネシウムの硫酸塩として定義されたが、のちに毛ばん類に分類された。和名にすれば含マンガン・苦土毛ばんということになろう。
苦土毛ばんと鉄毛ばんとは肉眼で区別出来ないので、組成分析をしていない標本は昨今の流儀で Pickeringite-Halotrichite とシリーズ表記されることもある。
エジプトにはコバルトを含む苦土毛ばんや鉄毛ばんが産し、前者はエジプト新王国第18王朝期に青色着色ガラスやファイアンスに利用されたという(BC15-14C)。cf. No.870
cf. No.869 (原産地標本)

補記: Epsomite エプソム塩(舎利塩)はイギリス、サリー州 エプソム産のものが最初に報告された(サリー塩⇒シャリ塩・瀉痢塩)。繊維状・針状の塩で、組成 MgSO4・7H2O。苦汁(にがり)の主成分。
Alunogen アルノーゲンは「アルム(ミョウバン)を作る」の意で、繊細な繊維状集合で産する。組成 Al2(SO4)3・17H2O。
エプソム塩、アルノーゲン、苦土毛ばんは相伴って産し、外観が似ると肉眼での識別は難しい、というか無理がある。ただ、苦土毛ばんや鉄毛ばんは繊維がより長くなるという。いずれも舐めると苦味がある。「味で区別するには微量の純粋物を水に溶かして比べる必要がある」と加藤昭博士は述べられているが、あいにく天然物はふつう純粋でない。というか、どの部分を採れば純粋なのか分からない。つまりは一絡げに羽状アルム、ないし毛状塩(ハロトリクム)なのである。

補記2:礬類として知られたものの例。
  ・胆ばん Chalcantite : ブルー・ヴィトリオール
  ・緑ばん Melanterite: グリーン・ヴィトリオール
  ・皓ばん(こうばん) Goslarite: ホワイト・ヴィトリオール
  ・碧ばん(へきばん) Morenosite
  ・銅緑ばん Pisanite
  ・赤ばん Bieberite
  ・満ばん  Mallardite
  ・鉄毛ばん Halotrichite: アトラス・ヴィトリオール

補記3:硫酸、硝酸、王水といった強酸がヨーロッパに知られるようになった時期ははっきりしないが、およそ1300年前後とみられ、16世紀には広く知られてさまざまな文献に記述されるようになる(例えばアグリコラのデ・レ・メタリカ)。トムソンが参照した文献はおそらく「ラテンのゲーベル」による錬金術書で、イスラムのゲーベルが書いたものとは異なると考えられる。
イスラム世界でこれらの強酸がいつ頃から知られたかは、私は知らない。

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