860.コピアポ石、毛ばん Copiapite, Halotrichite  (USA産)

 

 

 

Copiapite

毛ばん(ハロトリ石・白色〜淡黄色部)、コピアポ石-苦土コピアポ石(黄色)、、ボトリオゲン
(濃黄色のボトリオゲン付近の黄色鉱物がコピアポ石、離れた箇所は苦土コピアポ石) 
−USA、アリゾナ州モハベ郡アントラー鉱山産   1995年3月採集

 

 

礬土、水礬土鉱(ボーキサイト)、燐ばん土石(augelite)、鉄ばんザクロ石といった鉱物・鉱石用語に見られる「礬(ばん)」とは元素アルミニウムのことを指す。
一方、明礬(ミョウバン)、緑ばん胆ばんといった名称の「ばん」は硫酸塩類(礬類)であることを示している(cf. No.858 補記2。元の用法はこちらで、漢語林(大修館書店 1987)の「礬」の説明には「@硫酸を含んだ一種の鉱物。特に明礬をいう。A山礬(サンバン)は、花の名。じんちょうげ(沈丁花)。」とある。

つまりかつて礬類に分類されていた物質(硫酸塩)が、古くは色の違いで、後には化学組成に拠って細分されて、それぞれ「○○礬」と呼ばれてきたが、やがて専らミョウバンを指すようになった。そしてその成分であるアルミニウムが礬土と呼ばれ、やがてアルミニウムを含む鉱物で硫酸塩でないもの(燐酸塩、珪酸塩など)にも「礬」の語が用いられるようになった、という語義の変化を経ているのである。

では礬類とは何かというと、なかなか一筋縄では答えられない。こちらも時代(や研究者)によって異なる定義を含んでいるからである。とはいえ中世から近世にかけて、錬金術・化学の知識を持った人々の間でヴィトリオール Vitriol (ラテン語でガラスを示す vitrum が語源)と呼ばれたガラス様の物質が礬類にあたる、とは言える。そのうちの幾つかはギリシャのディオスコリデスやローマのプリニウスの時代から知られていたが(補記)、直接にはイスラムの科学者アル・ラージー(ラーゼス)の「秘密の書」に示される地中物(土状物)の中で、分類を共にする6つの物質に発するものと考えられる。鉄、銅、アルミの硫酸塩類(緑ばん、胆ばん(青ばん)、アルム(ミョウバン)など)が含まれる。そして後にはマグネシウムや亜鉛の硫酸塩も仲間入りした。いずれも収斂味がある。

緑ばんや胆ばんは、硫化金属鉱を掘る鉱山のヤケや坑道の壁床の表面に、塗りつけるように、垂れ流れるように付着して見い出される鮮やかな色の被膜状・鍾乳状物質だが(胆ばんは霜柱状も)、古くから人工的に製造する方法が知られていた。青色の胆ばん溶液は鉄板を漬けると表面に銅が析出して色を変えることから、後に物質変容の例として錬金術師の夢を大いに育んだ。

天然に産する礬類はさまざまな成分(不純物)が混ざりあって、緑色、青色、黄色、白色、黄褐色、赤褐色などの色彩を示す。これらの中から今日の緑ばん、胆ばんが化学的に定義されたが、コピアポ石は、グリーン・ヴィトリオールないしカッパラス copperas と称された「緑ばん」に対して、イエロー・ヴィトリオール、イエロー・カッパラスと呼ばれた「黄ばん」(の一つ)と考えられる。

緑ばん Melanterite の名は古来の copperas を 1832年にビューダンが Melanterie と呼び、1843年にチャップマンが Melantherite と呼んだあたりが始まりだが、コピアポ石は 1833年に H.ローゼが報告したチリのコピアポ産の黄ばんをハイジンガーが産地名をとって呼んだものである(1845年)。名前からすると異国情緒のある鉱物のように聞こえるが、ヨーロッパではスウェーデンのファールン銅山やドイツのハルツ山地に産し、Dana 6th はプリニウスの言うキプロス産のミシイ misy、アグリコラの言うランメルスベルクの黄ばん gelb atrament に相当するものとしている。ロゼはコピアポ石の共産物としてコキンボ石や緑ばん、胆ばんを挙げた。
ちなみに胆ばん Chalcanthite は 1853年にコッベルが古名カルカンタムから命名した。銅産地として知られるチリのチュキカマタは胆ばん標本の産地としても有名だった(現在も銅鉱を採掘しているが、「銅の花」を多産した上部酸化帯はとうに掘り尽くされた)。

コピアポ石は組成 Fe2+Fe3+4(SO4)6(OH)2・20H2O。鉄の水酸硫酸塩で、20水和物。2価の鉄イオンと3価の鉄イオンの両方を含む。黄鉄鉱からの風化分解物として中間〜終期の生成物で、3価鉄イオンの硫酸塩としてもっとも普遍的に見られる種の一つである。また硫黄分に富む石炭の鉱床や噴気口にも生じる。
乾燥気候帯に迅速かつ大量に生成されるが、水溶性があるので降雨があると溶けて年を越せない。しかし翌年にはまた生じている。溶液は透明な黄色〜橙色で強酸性を持つ。熱すると濁る。

画像の標本は亜砂漠気候のアリゾナ州アントラー鉱山産。銅の水酸硫酸塩であるアントラー石で知られる銅山である。D.シャノンの採集品。カビのようなホコリのような微小粒が集合した多孔質の塊状物で、強く握ればボロボロ崩れそうな、ちっともありがたくない標本だけれど、礬類とはまあこんな風に産するものなのである。
2価の鉄イオンの代わりにマグネシウムが入ったものは苦土コピアポ石 Magnesiocopiapite と呼ばれる(1938年記載。原産地カリフォルニア州サンタマリア)。アントラー鉱山のコピアポ石はマグネシウム分を含み、苦土コピアポ石に区分されるものもあるようである。シャノンは両者を色目で識別している(後者はやや淡色)。毛ばん(ハロトリ石)やボトリオゲンとも共産。黄ばんと、羽状アルムである毛ばんとが混じりあっているわけ。

米国では黄鉄鉱が迅速に酸化される土地ならどこでもコピアポ石を見ることが出来る、と F.ポー博士は述べている。また(西部には)ウラン鉱の風化物である黄色系の鉱物がさまざま見られるが、たいてい蛍光性があり、彩度の高い黄色なので区別できる、他の(硫酸塩でない)類似鉱物とは味で区別できる、と言う。しかし放射性鉱物が混じる可能性のある土地の標本は、口に入れないに越したことはない。
同系色の他の硫酸塩鉱物との識別は、基本的にX線回折が必要。

コピアポ石には「葉緑ばん」という和名もあるが、正しくは2価の鉄イオンを銅で置換した銅コピアポ石 Cuprocopiapite (やや緑味を帯びた黄色)を指すものだろうと木下翁は述べている。

 

補記:ギリシャ・ローマ時代に、chalcitis, melanteria, misy, sory 等と呼ばれる礬類が記録されている。これらはキプロス島の銅山(鉄鉱石を伴う)に産することで知られたため、なにがしか銅と関係する物質とみられてカルカントン chalcanthon と総称された(銅華の意)。今日の胆ばん(水和硫酸銅) Chalcanthite に名残りがある。ラテン語名はアトラメントム atramentum sutorium(墨染液の意だが、この目的に適するのは水和硫酸鉄の緑ばん)。必ずしも硫酸塩に限らず、硫化物・酸化物・水酸化物等に分類される物質も(混合物として)含まれていたとみられる。
ちなみに当時、金属鉱石はパイライト pyrites と総称されていたが、16世紀頃には硫化鉱のみを指すようになり、さらに降って専ら黄鉄鉱を指すようになった(イスラム世界ではマルカジット Marcasite と呼ばれた。今日の白鉄鉱に名が残る -cf. No.352 備考)。

鉱物たちの庭 ホームへ