914.ネフライト Nephrite  (ロシア産)

 

 

 

Nephrite Sayan mountain siberia
原石 表面(上側)、破面(下側)

Nephrite Sayan mountain siberia

(研磨面)
ネフライト・ジェード −ロシア、シベリア、サヤン山地産

 

ロシアにはウラル山脈に比較的小規模な、そしてシベリアのサヤン山地の各所に大規模なネフライトの鉱脈がある。帝政ロシアによるシベリア開拓史からみると、ロシア産ネフライトに関する最初の文献は 1790年代に見出されるという。
1826年にはイルクーツクの高等学校教師 N.シュチュキンが、東サヤン山地のオノタ川・ブボイ川流域にネフライトの転石を報告した(※1821年とも)
しかし帝室ラピダリー工房にネフライトが供給され始めるのは 1850年代のことである。探検家 G.M.パーマキンの率いる遠征隊が東サヤン山地のベラヤ川・キトイ川流域にネフライト転石の堆積層を発見したのが 1851年、それから1863年までに 11トンの原石がペテルホフに届けられた(※数量は文献によってやや異なる)。薄板に磨くと緑色の脈状模様が見え、灯火に透かすと殊に美しかった。定番の小箱類、煙草ケース、装飾用テーブルトップ、灰皿、文房具、ナイフや傘の柄などに加工された。またフローレンス細工(色石の象嵌モザイク)のさまざまな色調の緑色材に用いられた。

1897年にはカラ・ザルガ川沿いに初生鉱床が発見された。この地域の系統的な地質調査が行われたのは二次大戦後の 1964年のことで、1965年のウラン・コーダ鉱床発見に続いて、オスパ(1967)、ボルトゴル(1972)、ゴーリイゴル(1973)、ズノスピン(1976)鉱床などが相次いで報告された。80年代半ばにも調査が行われた。イチル川上流のキレン村から北に85km のオスパ(オスピンスキー)鉱床は宝石質緑色ネフライトのロシア最大の産地と目される。9km2の範囲に32箇所の鉱脈が知られ、そのうち 6箇所から宝石質の石を産する、とキーエフレンコ(2003)は述べている。

一方、主に中国の玉器類に関する考古学的研究によれば、ロシア産ネフライトは遅くとも明清期に中国に輸入され、北京や各地の皇室工房に納められていたようだ。また16世紀後半から17世紀初の時期にインドで製作された玉器(ヒンドスタン玉器/ムガール玉器)もまた、同種の玉材を用いたとみられる。
シベリア産ネフライトは一般にオフィオライト層の蛇紋岩帯に伴って生じたもので、鉄分やクロム分を含んでさまざまな色調の緑色を呈する。
20世紀初には緑泥石(以前は石墨とされていた)の黒い斑点を伴う明るい緑色〜黄緑色の石材が採れたらしく、宮廷の工房から当時の共産党員が接収した巨大なロシア産ボルダーは「緑 Liu」の名で売却された。この種の石から製作された器物は 1920年代に「緑ジェード Liu jade」として市場に現われて高い評価を得た。明るいほうれん草色で、今日の市場ではほとんど見ることの出来ない品質である。
台湾の故宮博物院には「碧玉大屏風」と呼ばれる民国期の逸品が収蔵されている。玉材の産地は新疆ウルムチ近くのマナス(マナシ/瑪納斯)との説があるが、あるいはサヤン山地に産したものかもしれない。時期的にBC州産もありうる。(※天山山脈北麓のマナス産の碧玉は18世紀に中原に入ってきたが、乾隆54年(1789年)に鉱山が閉止されて、以来公的に長く休止状態にあった。1973年、国家プロジェクトとして玉石の産地が探索されたときにマナスの山奥に鉱床が(再)発見され、以来、新疆碧玉(ネフライト)が大量に採掘されてきた。)

ちなみに日本では碧玉はジャスパー(不純物を多く含んだ有色不透明の石英)の和名となっているが、中国では変質した蛇紋石からできた濃緑色の閃玉(透閃石〜緑閃石質)が一般に碧玉と呼ばれている。(cf.故宮博物院「玉器の話」)

20世紀後半は北米(カナダ BC州ほか)、台湾、ニュージーランド、オーストラリア、新疆マナス、そしてロシア等の緑色ネフライト産地が相次いで開発された時期だったが、その後台湾産やマナス産はほぼ採り尽くされたといい、ニュージーランド産は法的な規制から採掘が見合されている。一方、20世紀末からの中国の経済的躍進は巨大なジェード市場を再び目覚めさせており、翡翠(ジェーダイト)やネフライトの市価は高騰の一途を辿っている。
現在、アジアのネフライト市場への最大の供給源は BC州であるが、比較的高品質のシベリア産ネフライトもまた、採掘コストの不利を推して採算べースに乗っているそうである。

画像の標本はサヤン山地のもの。深い緑色が美しく、透明感があって、研磨面に靄のような流紋が見えている。玉の潤い(瑞々しさ/透明感と艶)を重視する中国人が、このタイプのネフライトを有り難がるのももっともだと思われる。

cf. No.915 ネフライト(青白玉)