915.軟玉 Nephrite (ロシア産)

 

 

 

snow flake nephrite from vitim russia

スノーフレーク・ネフライト(スラブと研磨球) - ロシア、ブリヤート共和国、ヴィチム産

 

 

19世紀半ばにサヤン山地で発見されたネフライトは多くが暗い緑色のものだった。19世紀の終わりに L.ヤシェフスキーが採集した巨大な転石は「将軍」と名づけられて、アレクサンドル3世の葬儀用の装飾石棺を作る素材候補に挙げられたが、寡婦となった后妃は「色が暗いわ」と退けたという。
かつて女帝エカテリーナ二世は、ラクスマンが都に送ったバイカル湖産のラピスラズリを評して、「そなたのシベリアの石よりアフガンの石の方がやはり鮮やかですね」と言ったエピソードが思い浮かぶ(cf.ラクスマンと光太夫2)。その後 20世紀前半に世界の屋根と呼ばれるパミール高原に空の青色をした美しいラピスが発見されるが(cf.No.371)、ネフライトでは20世紀後半になって、バイカル湖周辺にさまざなニュアンスの宝石質の玉が報告される。

サヤン産のネフライトは 20世紀初までに約 80トンが採掘され、1939年までにさらに 70トンほどの供給が続いたが、この年を限りに途絶えた。理由はよく分からないという(※ノモンハン事件の年であるが…)。オスパ(オスピンスキー)の大鉱床はその 2年前に発見されていたともいわれる。
ともあれ、「バイカル・クオーツ・ジェム」集団が地質学者を派遣して体系的な調査を行い、いくつもの鉱床を(再)発見したのは 1960-80年代にかけてであった。
ウラン・コーダを始め 1976年までに開発された鉱床は、オスパを含めていずれも緑色石を出した(cf. No.914)。1973年に発見されたハマーウディンスキーでは硫黄分を含む、緑色がかった煙灰色の玉が出た。
そして 1978年、バイカル湖の北東、ヴィチム川流域に白色〜淡色系のネフライトが発見された。今日、ブロムスキーと呼ばれる鉱山である。続いてゴリュビンスキー(1979)、カボチンスキー(1983)でも淡色玉の鉱床が見つかった。

ネフライトには大きく分けて2つの産状がある。一つは超塩基性岩から変成作用によって生じたものである。大昔に海洋底として形成されたオフィオライト層(Ophiolite: Ophis/ Ophidian 蛇/ 蛇のような- 石の意)が陸地化した地域に産するのが普通で、蛇紋岩を伴う。このタイプのネフライトは概ね Fe/(Fe+Mg)比率で10%前後の鉄分(Fe)を含み、緑色系に呈色する(鉄分が多いと黒色に近くなる)。鉱物種としては透閃石または緑閃石(鉄分比 10%が種の区分境界)にあたる。
今日世界各地で産出が知られるネフライトはたいていこのタイプで、オフィオライト帯上に産地が点在している。

もう一つはきわめてマグネシウム分(Mg)に富んだ堆積性の炭酸塩岩から生じたものである。花崗岩質マグマの貫入による熱変成を受けてスカルン化した苦灰質大理石に伴い、鉄分をほぼまったく含まないときには白色玉(端成分に近い透閃石)となる。(※補記)
中国で古来貴重視されてきた白色〜青白玉はこのタイプで、産地は歴史的に中国の西域、新疆地方(クンルン山脈北麓のホータンやヤルカンド周辺)が無双を誇ってきた。
これにロシアのヴィチム地方産が加わったわけである。
当時はシベリア鉄道に併行して北方を走る BAM(バイカル・アムール鉄道)の建設が進められており、工事の際の調査で見つかったという。ただ白玉の市場性に気づく者がなかったため、発見は学問的な興味に留まった。
このあたりはモンゴルとの国境に近く、昔からエヴェンキ族(鄂温克族)の住んだ土地だが、彼らは蒸気風呂(サウナ)を使う時に、暖炉で熱したこの種の石を油布に巻いて置いた。(補記2)
しかし 90年代以降、中国での玉市場が再燃すると事情が変わり、中国向けの輸出が始まった。中国は 2008年のオリンピックでメダルに玉(白玉、青白玉、青玉)を使ったが、その数年前から国産玉材の供給はすでに逼迫し、白玉の市場価格が暴騰していた。ロシア産の玉はその流れに乗って中国人が眼をつけるところとなったのであった。 

画像はヴィチム川流域の淡色系玉の標本。わずかに黄色味を帯びた青白玉で、白色の雪片状の斑点が散っている。いわゆるスノーフレーク・ジェードである。中国人はあまり評価しないかもしれないが、私は結構好き。

cf. C12 ポウナム   No.916 (続き)

補記:オーストラリア南部のコーウェルには世界最大規模といわれるネフライト鉱床がある。苦灰岩から交代作用(metasomatism)によって変成したものだが、原岩が多量の鉄分を含むために、ネフライトは灰緑〜濃緑色〜黒緑色をしている。苦灰岩由来であっても必ずしも白玉になると限らない。

補記2:シベリア地方の伝統的な入浴法はモミの木を使った一種のサウナで、家の離れに作った丸太小屋が蒸し風呂(バーニャ)になっている。熱した河原の石にバケツの水をかけ、室内を蒸気で満たす。モミの枝に水をつけて、うつ伏せになった人の足から背中や首を軽く叩く。5回ほど繰り返す。毛細血管を刺激し、ツボ治療の効果もあるそうだ。
ちなみにフィンランドではスモーク・サウナに用いる「木、石、火、水」を厳選する。薪は白樺が最高で、最後に一束の松やモミを燃やして香りを楽しむ。水をかけて熱い蒸気を発生させる炉の石は「サウナの心」とされ、「バルト海の海底から採取した香花石が最高とされ、より熱に耐え、熱を蓄え、さらに硫黄分を含んだものが良いのだという」。(cf. 吉武利文「香料植物」より)