921.ひすい輝石   Jadeite (日本産)

 

 

 

jadeite

大屋ひすい:ジェーダイト(白色)、ソーダ雲母(クリーム色)、
コランダム(暗青灰色)、微細なストロナルシ石を伴う 
- 兵庫県養父市大屋町加保 日城谷(ひじろだに)産

 

 

ジェーダイト(ひすい輝石) Jadeite という鉱物、あるいはジェーダイタイト(ひすい輝石岩)Jadeitite という岩石は、地下深所(15-30km)の高圧環境で、かつ低温(200-400℃)の状態で生成すると考えられている。(cf. No.920No.918
地表付近で、例えば異なる動きをするプレート上の岩体同士が境界部で押し合ったり擦れ合ったり、断層帯に極端に強い応力が働いたり、隕石が落下したりして発生した高圧環境で生成する、という状況はあまり想定されていないようである。
従って地表に見られるジェーダイトは、地下で生成した後、周囲より比重の小さい蛇紋岩類の浮上運動に巻き込まれて一緒に上がってきたものと説明されている。
裏を返せば、蛇紋岩類はジェーダイトと同等の深所、あるいはより深い高圧環境で(でも)安定な鉱物・岩石ということになる。

蛇紋岩の地表の露頭は、世界的に沈み込み帯の先方(見方によっては背後)に帯状に分布する傾向が認められる。さらにその先方の地下深くでは(言い換えるとプレートがより深くまで沈み込んだあたりでは)岩石が溶融してマグマを生じるらしく、地表ではマグマの上昇に伴う地形の変動・火山作用・変成作用がよく観察される。

日本列島はこの種の沈み込み帯の先方に位置しており、その土台は古くはユーラシアプレートの東端にあって、東側から西進してくる太平洋プレートがユーラシアプレートの下に潜り込む運動に際して、前者から剥ぎ取られて表層(海底)に残った岩石がアジア大陸の東縁に寄せ集まった集合体(付加体)として生じたという。
数億年前に遡る岩石で構成されているが、時代につれて相次いで付加されたことから、もとは西から東に向けて地質年代が新しく、今日の西日本(糸魚川−静岡構造線より西)では北から南に向けて次第に新しくなる。一般に付加体の古い地質は 3-5億年前のものだが、富山の宇奈月の(2.5億年前に形成された)花崗岩は 37億年前に出来た外来性のジルコンを含み、美濃帯や津和野には(安定陸塊由来の?)約20-25億年前の片麻岩の礫も知られている。
糸魚川産のジェーダイトは(同時に晶出した?)含有ジルコンの年代測定により 5億年前のものとされているが、同様に蛇紋岩中に見い出される結晶片岩は 3億年前と評価されているそうだから、地下深所で生成したとすれば、2億年以上経ってから漸く上昇してきたのであろうか。

ジェーダイトは北海道から九州まで各地で産出が報告されており、地図上に分布を示すと次のようである。(cf. No.495)

やはり蛇紋岩帯の露頭に伴っていることが分かるが、マイクロプレートの境界付近、あるいは大きな構造線(地質断絶線)に沿って分布する傾向も見てとれる。なぜだろうか。
中央構造線は、かつてユーラシアプレートの東方にあった、今は地表にないイザナギプレートが、両者の境界線と平行に北に動いた(横ずれした)影響で約 1億年前に生じた複数の断層線の一つとされる。今日、この構造線より南側にある陸地(九州南部、四国南部など)はかつてずっと南方にあった岩体がイザナギプレートの動きに連動して北上し、北側の陸地(九州北部、四国北部など)に付加したものと言われる。
中央構造線の北側は高温低圧型の変成帯(領家帯)が、南側は低温高圧型の変成帯(三波川帯)があって接している。前者は上述した沈み込み帯の先方のマグマ生成・上昇領域に相当し、地下の中深部に生じたマグマ溜まりの熱が周囲の岩石を広域変成したものと説明される。
この種の異なる環境で生じた地質の地表での接近を示唆する変成帯のペアには、飛騨帯(高温低圧型)と三郡(蓮華)−飛騨外縁帯(低温高圧型)、日高帯 (高温低圧型)と神威古譚帯(低温高圧型)が指摘されている。そしてこれら低温高圧型変成帯のいずれにもジェーダイト産地が報告されているのが面白いところである。(※環太平洋ではニュージーランド島、北米ワシントン州、カリフォルニア州、南米チリ中部、カリブ海ジャマイカ島等に同様の変成帯ペアが見られ、いずれも付近に沈み込み帯がある。ニュージーランド島(南島)はネフライト、カリフォルニア州にはネフライトとジェーダイトの産地がある。)

なお、糸魚川−静岡構造線は、2,000万年前頃から日本列島の土台がアジア大陸から離れて南東方に張り出し日本海が開けた時期に、西日本と東日本との間が裂けて大きく陥没した箇所の西縁にあたる。陥没部は400-200万年ほど前に隆起して陸地となったが、その間に堆積した地層が厚く(約6km厚さ)覆っており、西側と地質を大きく異にする。
大地溝帯(フォッサ・マグナ)と呼ばれるが、東縁の位置ははっきりしない。また地下深くに至る断層・き裂が発達していると考えられ、マグマが上昇して火山活動を引き起こした形跡が著しい。
西縁の糸魚川−静岡構造線と、上越−平塚を結ぶ線(※ナウマン博士が示した地溝帯の暫定東縁)との間に焼山、妙高山、黒姫山、八ヶ岳、富士山、箱根、天城山などの火山が並び、富士火山帯を形成しているのである。

悠久の時を約めて眺めれば、日本の国土は海の底にあった岩石土砂が盛り上がり、浮き沈み、揺れ動き、裂かれ繋がり、掻き混ぜられ突き固められ、焼かれ水漬き、滴りとなり塩となり、火となり風となり、そういう変転を果てしなく繰り返して形成され、未だ形成を続けているのであろう。
古事記は、国がまだ稚かった頃は「浮きし脂の如くして、クラゲなす漂えるとき」であったという。その中からアシカビの如く萌え騰るものによって神が生まれた。やがて男神イザナギと女神イザナミが出来た。彼らは天界の神々から天の沼矛を授かり命を受けて国土を固めた。「天の浮橋に立たしてその沼矛を指し下してかきたまへば、塩こをろこをろに、かきなして引き上げたまふとき、その矛の末よりしたたりおつる塩、累なり積もりて島と成りき。是おのごろ島なり」と。

さて、画像の標本は兵庫県の大屋に産するジェーダイトで、大屋ひすいと愛称されている。中国〜近畿地方西部には長門−蓮華帯と呼ばれる蛇紋岩の露頭が東西に断続的に並んでいる。上掲の地図には西から岡山県大佐(おおさ)、鳥取県若桜(わかさ)、兵庫県大屋のジェーダイト産地を示したが、三郡帯(あるいは蓮華帯)と呼ばれる低温高圧型の変成帯が東西に伸びており、地質環境が似ている。
実際、大屋ひすいは、1967年に発見が公表された若桜ひすいのニュースに刺激を受けた地元の地学愛好家たちが、若桜蛇紋岩体と同様の地質を示す関宮岩体を探査して 1971年に転石を発見したものである。1977年には日城谷付近の山の斜面で行われた林道工事により、蛇紋岩に懐胎された状態のジェーダイタイトが露出した(県指定天然記念物)。
大佐山のひすいは 1984年に発見が報告され、ジェーダイタイトに含まれるジルコンの生成年代は約 5億年前と評価されている。
これらの東の延長線に出石岩体、大江岩体があり、大江山オフィオライト列を構成する。

大屋ひすいは比較的粗粒の結晶質で、成分的にはオンファス輝石に近いジェーダイトである(※「白いヒスイ谷への招待」(2003 青山社)の記述に拠る。以下も)。概ね白色で(翠色の宝石質のものはない)、方沸石やソーダ沸石を含んで白く曇り透明度に乏しい。比重は 3.2程度でミャンマー産や糸魚川産よりやや低い。共生する鉱物としてはソーダ雲母 paragonite(※時に巨晶:一般に変成岩や変成に関わる曹長岩などの中に産する)、コランダムを含む。またストロンチウムの濃集があり、顕微鏡的な微粒のストロナルシ石を含む。ほかに白雲母類、ネフライト、角閃石類、曹長石、ルチル、斜灰れん石等も報告されている。
ブルサに降る雪のように真白なのに、ひすい(翡翠)とはこれいかに?

それにしても低温高圧型変成はほんとうに、地表付近や地下中浅深部で、プレートの運動や断層を起こすような圧力・応力によっては起こりえないのであろうか。
東北地方に出土する縄文期のジェーダイト/オンファス輝石やネフライト製の石器の素材は、宮守−早池峰の蛇紋岩帯に求められないのだろうか。

補記:日本のジェーダイト産地の図中、関東甲信越地方では埼玉県の寄居(蛇紋岩中 1983年報告)や、群馬県下仁田(緑色岩メランジュ 1980年報告)が知られている。
余談だが、「鉱物採集の旅 関東地方とその周辺」(1972)には、埼玉県長瀞駅近くの宝登山の麓にひすいらしいものが出たトピックが紹介されているが、著者は随分探したが見つからないので大いにあやしい、と述べている(親鼻あたりの川原では顕微鏡的なひすいが出た、とも)。
同 東海編(1977)には、静岡県浜名湖北方の西黒田の変ハンレイ岩の露頭中のひすい輝石が紹介されている。幅が2cm以下の白色〜淡緑色の脈状で産する。ひすい輝石を含む変ハンレイ岩は蛇紋岩に囲まれて産し、幅10m内外の岩脈をなす、とある。蛇紋岩体は泥質の結晶片岩を貫いている。