960.オイル入り水晶 Quartz (Oil inclusion) (パキスタン産)

 

 

 

オイル入り水晶(紫外線蛍光性) 
-ワド鉱山、バルチスタン、パキスタン産
青白く蛍光するオイル・インクルージョンの中に
暗い小さな円が見えているのは気泡。
ほぼすべてのオイル充填部に気泡が見られる。
以下、顕微鏡撮影画像

水晶に特徴的な結晶面を具えたオイル充填孔/トラップ孔 (負晶)

充填孔中には淡黄色のオイル(液体)と球状の気泡が見られる
結晶を傾けると、孔内で気泡が動く。

両頭水晶(DT)の形をした負晶。
オイルで充たされ、また気泡を持つ。
柱面が長い! 
頭部に c面ぽい形状がある。

錐面(菱面体面)に平行に生じた、水たまりのような
浅い空孔と、その中のオイル(液体)及び気泡。
負晶の形がさほど明瞭でないタイプ。

柱面に平行に生じた、水たまりのような
浅い空孔と、その中のオイル(液体)及び気泡
よくよく観察すると、負晶(充填孔)中には、淡黄色の液体と、
小さな気泡のほかに、小さな黒い固体(タール?)も含まれて
いることが分かる。

NY州ハーキマー特産の水晶、「ハーキマー・ダイヤ」に
似ているため、もじって(パキスタン産なので)
「パーキマー・ダイヤ」と呼ばれたりする。

 

米国ニューヨーク州で採れる両頭付きの水晶は、柱面が短く全体にころっとして、ぱっと見にダイヤ形に見える。ダイヤモンドのようにキラキラとよく輝くので、ハーキマー・ダイヤと呼ばれて鉱物ショーの人気者だ。cf. No.51Qa-03
古い時代に珊瑚礁から生じた堆積性の石灰岩が変質して苦灰岩化した地層のその空隙に、熱水性の珪酸分が通って水晶を生じたものと言われる。一方で堆積した植物性物質を起源とする有機物(黒色タール様の物質)を伴う特徴がある。
柱面の短い(高温石英のような)形は、水晶がごく低温で晶出する時にも生じやすいもので(アメシストにしばしば見られる)、ハーキマー・ダイヤの場合もやはり低温環境で生じたものと考えられている。

同様の形状の水晶がパキスタンのバルチスタン地方から出ている。両頭式で柱面が短く、ころっとしてキラキラと輝く。学者さん方は、ハーキマー Herkimer 型水晶などと呼んでいるが、標本市場では、パキスタンをもじってパーキマー Pakimer と呼んでたりする。
やはり炭酸塩岩中に産するそうで、市場に出回っているものはかなり高い頻度で淡黄色液状のインクルージョンを含んでいる。一般にオイル入りと称されるが、石油に似た有機性の物質らしい。炭化水素系の成分なのだが、ただし一般的な原油とは組成がかなり異なるという。
このオイルは紫外線に反応して青白色に明るく蛍光する性質があり、標本としてなかなか人気らしい。パキスタンやネパール、インド産の水晶が欧米や日本の(パワーストーン)市場にあふれ出したのは 90年代後半、ないし21世紀に入ってのことと思われるが、あちらでは旺盛な輸出需要を受けて水晶採掘が産業化しているらしい。パーキマー水晶が注目されるようになったのは 2007年頃からと思しい。

水晶(やメノウ)の中に液体が封じ込められる例は従前から知られて、「水入り」の名で通ってきた。益富「水晶」(1974)に、水晶に内包される液体はふつうの水の場合と液体炭酸の場合がある、と書かれている。気泡は炭酸ガスであることが多く、次いで窒素。また痕跡量の硫化水素、亜硫酸ガス、アンモニアの報告もあるそうだ。
パーキマー水晶では液体部はオイルないし石油で、気泡はメタンなどの有機系ガスであるらしい。

益富「水晶」は続けて、炭酸ガスの気泡を持つ水入り水晶を温めると 31-32℃で気泡が消失し、冷やすと再び現れるとある。この温度は炭酸の液相と気相とが平衡する臨界温度で、これより高い温度では液相が膨張して空隙を埋め、気相は収縮して消滅するのだ、と。32℃以上でも気泡が消滅しないなら、液体は炭酸でなくおそらく水と考えられる。
そう聞くと、パーキマーの場合も同様に気泡が消える温度−液相と気相との臨界温度−があるはずで、それは何度だろう?と気になるが、しかしあたら標本を使って実験したりするのは研究者のやることで、愛好家はそんなリクスは冒さない。
ちなみに温度を上げていくと、(固体の水晶より)膨張率の高い液体(及び気体)の圧力が高まって、水晶に亀裂が入ったり、砕いてしまうことがあるかもしれない。仮に水晶の晶出が大気圧下で起こったのであれば、破裂が起こる最低温度はこの水晶の晶出が可能であった上限温度と言えるかもしれない。ただし、いろんな留保条件が考えられる。結晶質の珪酸は硬いが脆い。

手元の標本を観察すると、オイルを封じ込めた空孔には、液体に伴ってほぼ必ず気泡が存在している。封じられた時にはおそらく気泡は存在せず液体だけが封じられたと考えるのが順当で、その後温度が下がって(臨界以下となって)気泡が現れたとみられる。たいていの気泡は標本を傾けると動く。
またよく観察すると、空孔には、これも高い率で、黒色のタール様の物質が伴っている。おそらく封じられた時には液体中に溶け込んでいたもので、その後の温度低下によって溶解度が下がって沈殿したと考えられる。温度を上げていくと、これも消失するかもしれない。

このあたりの消息について、岩波の「鉱物学」を参照すると、「結晶の中にとりこまれた初生的な液相包有物は、結晶成長時には液相だけであるが、成長終了後に温度が低下すると、液相中に溶存していた気相を分離して、気相と液相の2相になることが多い。気相は、液相中に球形で存在する。さらに、温度の低下による過飽和度の上昇で、溶質の結晶を析出して、気相、液相、固相の3相が共存することもある。したがって、気、液2相の包有物をふくむ結晶を加熱すると、結晶ができたときの温度(圧力を補正する必要があるが)で、もともとの液相だけになる」とある。まずはその通りのことが起こっていると考えられる。
続けて、「この関係は包有物地質温度計として利用されている。温度の測定は加熱載物台上で観察する方法と、粉末にして結晶中の包有物が一相になったときの体積増で結晶を破壊する音を読みとるデクレピテーション法がある。逆に結晶を冷却することによって、液相中に結晶を析出させて、それから母液の塩類濃度を推定することもできる。」という。それは理屈はその通りだが、私としては結晶成長終了時と、採集時の結晶の強度が等しい保証はどこにもないと思われる。むしろ同じと考える方がおかしいのではないか。

液相の包有物は、「結晶中で不規則に分布していることも、一定の結晶学的方向に伸びていたり、一定の結晶面に平行に、累帯状に配列していることもある」。その形は「球形、楕円形、不定形のものが多いが、結晶面で囲まれた多角形のものもある。このような包有物は、負晶(negative crystal)と呼ばれ、結晶中にとりこまれた溶液中から、さらにひきつづいて結晶が析出するためにできたものである。」(同「鉱物学」より)

手元の標本の1ケは不定形の充填孔が多いが、別の1ケでは多くが多角形の面を持った充填孔となっている。中にはほぼ完全な両頭錐面を持つ六角柱状、すなわち水晶の自然結晶形が現れた孔もあり、顕微鏡で観察していて思わず目をみはる。自然結晶外形の結晶軸に沿った並びで生じているものもあるが、なかには負晶の柱軸相当の伸長が外形の柱軸に対して傾きを持つように見えるものもある。実際に軸が傾いているかどうか不明だが、そういうことを調べていくと双晶的な形状の結晶成長との間に何か法則性が看取できるかもしれない。
これら負晶の面は、オイルがトラップされた後にオイル中に溶け込んでいた珪酸分が析出して生じたのだとすると、溶媒は水分を含まない油分だけでも構わないということになるのか。
不定形の充填孔のなかには結晶面に平行に生じた浅い水たまりのような形状のものがあり、これらは結晶成長の末期に(過飽和度の低い比較的安定した面成長過程で)生じたものと思われる。
充填孔の顕微鏡画像をいくつか紹介しておく。

ハーキマー型の水晶の産地は世界各地にあって、形状のほか有機物を伴う点にも類似性があるという。ウクライナ西部にこのテの産地があり、石油に似た成分の有機物が含まれている。ここでは石油の層を炭酸ガスと石英の脈が通る例も報告されている。ウクライナでは 1970年代に(有機物である)石油の無機起源説が説かれるようになったそうだ。ちょうど生物起源でない(炭酸マグマ起源の)炭酸岩カーボナタイトが確認されたように(cf. No.669)、石油にも古代植物の堆積物起源でなく、マントル物質起源のものがあるとの考え方である。
当たっているかどうか不明だが、その通りであれば、私たちが学校で教わってきた常識がまた一つ破られることになる。

cf. No.961 水入り水晶  No.962 水晶(骸晶式の成長)

補記:液体包有物が結晶中に捉えられる仕組みは、結晶が層成長する時(疑似2次元成長)と、ランダムに立体成長するとき(不規則3次元成長)とで大きく異なると思われる。層成長する時には、まず 1)層成長の合間に層の並びに沿って液体がトラップされるので、基本的に平たい水たまりのような空孔や薄い棒状・小球状の空孔が生じる。また 2)層成長が続く間に取り残された埋め残しの(層を横断する)空隙や、成長後に生じた割れ目に液体がトラップされて生じる空孔も考えられる。
空孔はその後内面に結晶面(負晶)を生じることがあり、またその形状を変えたり、分裂することがある。通じていた割れ目から侵入してきた液体が、割れ目が閉じることによってトラップされるのもその現象のひとつである。こうして平たい水たまりはいくつかの棒状の空孔の並びになったり、棒状の空孔が複数の小球に分裂したりする。原則的に厚みに対して面積が広大な水たまりや、棒長さ(き裂長さ)の長い空孔は、適度なプロポーションになるまで分裂が進む(十分な時間が経過すれば)。

1)の機構で生じた空孔は、層成長の層を横断する方向に広がる(あるいは分裂して並ぶ)ことはないとみられる。2)の機構で生じた空孔は、層を横断して並ぶことがありうる(へき開の方向に並ぶこともありうる)。
1)はいわば結晶の層成長中の「初生包有物」であり、成長時点の溶液がトラップされているはずだ。一方、2)のうち結晶表面付近に生じている空孔(の並び)は、いわば「二次包有物」として、結晶成長が終わった後に生じた割れ目が閉じて出来た可能性がある。この場合トラップされた溶液は成長時点とは異なる成分になっている可能性がある。
2)のうち結晶表面でなく内部に、層間を横断して並んだ空孔の集合は、両者の中間的な存在でいわば「疑似二次包有物」である。配置は二次包有物的だが、トラップされた液体は成長環境を反映する一次的なものかもしれない。
これらを厳密に区分することは時に困難である。

ランダムな立体成長中にトラップが生じた場合は、結晶の成長模様が可視化出来るとしたら、層的でなく複雑な模様を伴って生じて見えると考えられる。転位など結晶構造の歪みが集中して急速な成長が進んだ箇所はこのタイプのトラップを生じるだろう。

空孔の分裂を前提にすると、空孔内が液体と気体に2相化した後に分裂が起こった場合、ある空孔と別の空孔とで充填液体量に対する気体の体積比が大きく異なることがありうる。
その場合、ある温度である空孔中の気泡が消えたとしても、別の空孔中の気泡はまだ残っているだろう。充填温度に対して低めの温度で気泡が消える空孔と、高めの温度で気泡が消える空孔とが共存することになる。多数の試料を測定すれば、温度のバラツキは統計分布化して、液体の充填温度の目安を立てることが出来よう。
デクレピテーション法による判定は、一般に充填温度よりも高温側に偏るという。
気泡の消える温度が液体の充填温度に等しいか、ひいては結晶の生成温度に等しいかは、空孔が一次生成であるか二次生成であるかに影響され、また分裂の状況にも影響されるだろう。

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