962.紫水晶(骸晶式成長)  Amethyst Skeltal Growth (ケニア産)

 

 

 

Amethyst アメシスト 骸晶 Fenster growth

骸晶式に成長した紫水晶の集合体 
-ケニア、キツィ、バオバブ鉱山産
土台となった無色の水晶の広い柱面の上に
階段状に重なった成長層が見える
No.595 の標本を別のアングルから撮影)

錐面の稜と柱面の稜の交点(隅)あたりから
発達したと思しい両錐の紫水晶

錐面の半ばに三角形状の「埋め残し」がある。
陥没部の右下の辺は湾曲している。

上の錐面の右隣りの錐面にある鞍形(п形/∩形)の
「埋め残し」。菱面体的な形状にみえる。
辺/面は若干湾曲しているようでもある。
滑らかな錐面上には「渦巻き成長」の模様もみられる。

上の画像の錐面の右側の箇所。錐面上にコテで
塗り広げたような模様が描かれている。
上側の丸みを帯びた三角形は錐面の稜が
構成する三角に近いが、下側の山形の頂角はより広い。

母水晶の別の隅に発達した両錐形の紫水晶。
錐面(菱面体面)のうち、r面は広く、z面は狭い。
「埋め残し」を縁どる面は r面を構成する
菱面体が主になっているようだ。

 

 

No.961に続けて、水晶の骸晶式の成長についてもう少し観察を述べてみよう。
鉱物学の教えによると、骸晶は結晶表面に生じる二次元的核をステップ源にして起こる、層成長のひとつの形態である。結晶面の任意の箇所から「らせん転位」を起点として起こる層成長(渦巻き成長)と異なり、その起点は結晶の隅や稜などの周縁部が主体となる。溶液の過飽和度がある程度高い時は、この機構による成長が渦巻き成長よりずっと素早く進行し、そのため結晶面は平坦でなく、中央に向かって窪んでゆく傾斜、あるいは下り階段状の形態を示す。これを肉づきのない骨皮すじ衛門の姿に喩えて骸晶・骸骨(スケルトン)と称するのだ。
もっとも結晶面近傍の液相の濃度勾配は、系全体の溶液の流れ、晶出・溶失に伴って生じる局所対流(重力/浮力)、結晶集合体の幾何学的効果の影響を受けるので、すべての隅・稜で整然と成長が進むとは限らない。特定の箇所に偏った成長が起こって、時にきわめて複雑な結晶形が現れる。層成長と言いつつ実態は三次元的な異形を導くのである。

このページの画像は No.595で紹介した標本を別のアングルから撮影したもの。1枚目は No.595の像を半周回して、下側を手前に約90度起こした像に相当する。無色の母水晶の上半分に見える水平の縞目は、柱面の奥側の稜から手前に向かって層成長が進行した様相と思しく、高さ2−3ミリの段差を持って奥側に次第に高まる階段状テラスをなす。

2枚目はこのテラス部分を拡大したもの。段差の部分も基本的に結晶面で構成されるようだ。面角一定の法則により、隣接する柱面は120度の角度をもつから、段はまず斜め手前に下がり(@の面と呼ぶ)、それから斜め奥に引っ込んで(Aの面と呼ぶ)下の柱面に接する。のだが、面の幅は同等と限らず、@の面が狭くAの面が広いとほとんど切り込むようなオーバーハングをなす。さらに次の周り込みの面(基盤の柱面に平行)が現れると、平坦な空隙を生じる。結果的に内部に空洞が出来たり、異物を巻き込んだ箇所がある。
同様のことは錐面でも起こっているが、その場合、オーバーハングの角度はより鋭くなり、ナイフを差し込んだようにえぐれて見えたりする(菱面体的になる)。
一方で新たに加わった層の着床部がろう付けしたように裾状に延びていることもあり、ジェルを塗り伸ばしたような面の不明瞭な箇所もある。このように成長の最前線はさまざまな様相を呈し、その状況は成長の進行中めまぐるしく変化するものと思われる。

錐面の間の稜と、柱面の間の稜とが出会う隅の部分は特に骸晶が発達しやすいようで、全体の形をよく眺めると、この隅から連鎖的に両錐結晶が生じて、親亀の上に子亀・孫亀式に積み上がった様子が見えてくる。これは蛍石の骸晶でもしばしば見られる特徴だが(No.272、 F15)、水晶の場合は、ヨーロッパの城の側塔やタレット、三角屋根に張り出すドーマーや壁面の角からせり出した出窓付き小房のような趣きがあって、メルヘンチックな雰囲気がそなわる。
この標本では張出しの両錐が藤色のアメシストになっている。 3枚目の画像は一例。錐面の中ほどに「埋め残し」があり、この箇所を拡大したのが 4枚目。
左から右下に向けてナイフを差し込んだような陥没になっているが、仔細に見ると、右向き三角印>の形状のうち、右下の辺には平面が見え、それは左に一つおいた次の錐面に平行である。

5枚目は 4枚目にみえる錐面の右隣りの錐面で、鞍形の「埋め残し」がある。その段差は湾曲しているが、なんらかの結晶面で構成されているようである。隣りの錐面と平行に見える面もあれば、一つおいた錐面に平行に見える面もある。
ここで水晶の結晶形の基本に戻れば、主要面はNo.942の図に示したように、正の菱面体と負の菱面体、及び六角柱(c軸に垂直な面はオープン)の3種であるから、やはりこれらの組み合わせが主であろう。菱面体の一方だけで面が構成されると、6つある錐面のうち互いに一つおいた3面が現れることになる。
7枚目は母水晶の別の隅に付加した両錐アメシストで、「埋め残し」の形状はより菱面体形に近いようだ。

6枚目は 5枚目にある錐面の右半分を拡大したもの。表面に三角形状の流れ紋が見えるが、おそらく「渦巻き成長」機構による層成長の痕跡である。骸晶的に発達した結晶集合体は、液相の過飽和度が低くなってくると「渦巻き成長」によって結晶面が平坦に整えられてゆくのが倣いある手筋だ。

ちなみに産地のバオバブ鉱山はナイロビから東に車で2時間ほどの距離にある露天掘り坑で、アメシストのセプターを持つ標本(No.752)や、このような骸晶式に成長した美晶を出す。MR誌はこのテの骸晶をフェンスター・グロウス(窓式成長)と呼んでいる。

 

補記:溶液からの結晶の晶出は、溶液の濃度(過飽和度)が高い領域ほど素早く起こる。結晶が晶出した近傍は相対的に濃度が下がるが、外側のより濃度の高い領域からの拡散(や対流)によって次第にもとの濃度(過飽和度)に近づく、と考えられる。
結晶近傍の濃度勾配が、結晶を中心に周囲になだらかな等高線を描くように分布すると仮定すると、結晶から突出した部分はへこんだ部分よりも相対的に濃度の高い領域(過飽和度の高い領域)に入っていることになる。稜や隅はその突出部(あるいは円滑な流れの乱れる箇所)に相当し、いったん優先的な晶出が起こると、さらに成長が加速するとみられる。

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