1001.水晶 傾軸十字双晶2 Quartz Cross of inclined axes twins (ブルガリア産ほか)

 

 

水晶 傾軸式十字双晶(日本式双晶)を含む群晶 
−ブルガリア、マダン産

単晶(左下部)に引っ掛るように着床した十字双晶(右上部)
十字双晶の「上」−「左」のペアは幅が広い。
「右」−「下」のペアは、幅が狭い。
「右」は柱面方向に長く伸び、「下」は短い。
(おそらく成長期間が同じでない)

上の十字双晶のモデル図 
どの個体にも錐面が出ている
「下」の個体は「右」の個体を挟んで
2つに分かれた形状
(「上」の個体が延長した構造の
両頭結晶と考えられる)

平板状の十字双晶を、平板面に平行な方向からみた画像。
十字双晶は右上に見える単晶の柱部に引っ掛っている。

別の方向からみた十字双晶。 
2番目の画像の「上」−「左」のペアは
この画像では「左」−「下」の位置にある。
2番目の画像の「下」はこの画像では「右」。

 

ブルガリアのマダンは古代ローマ以前に遡る古い歴史の鉱山地域だが(cf. No.127)、標本市場では比較的新顔の産地で、1990年頃から各種の硫化鉱物を主体にさまざまな良質の結晶標本を国外に送り出すようになった。
故堀秀道博士は 1988年にブルガリアを訪問して、首都ソフィアに出来たばかりの(半民)鉱物博物館を見学したり、南部の鉱物産地を実見する機会を持たれたが、ソフイアから車で 7時間ほどの距離にある鉱山町マダンにも足をのばされている。
カンブリア紀の地層中に鉱脈が平行に入り、ところどころで石灰岩と出会ってスカルンを作っているといい、「日本にはないタイプの鉱床」とのご感想。当時の目玉標本だった方鉛鉱の美晶は現在も供給が続いている。

ちなみに私自身は栄太郎の抹茶飴のような渋く暗い緑がかった色の閃亜鉛鉱にぞっこんで、また水晶標本にも見るべきものがあると思っている(cf. No.370, No.954No.955)。マダンの硫化鉱床に伴う水晶は数センチサイズ以下の単晶が放射状に折り重なった形状が印象的で、時に王笏状の単晶や日本式双晶もみられる。クルチョフ・ドル鉱山や南ペトロヴィスタ鉱山産の双晶標本が話題になったのは 2000年代前半のことだ。 9月9日鉱山はおそらくマダンでもっとも有名な標本産地だが、すでに稼働が止んで立ち入り禁止になっているそうだ。
ブルガリアは近代まで長くトルコの勢力下にあったが、19世紀中頃よりロシアの影響力が強まり、政治的に複雑な情勢を帯びた。20世紀初にブルガリア王国が独立を宣言した後も周辺諸国との間で領土係争が続いた。二次大戦時は枢軸国側に立ってドイツ軍が進駐したが、1944年9月9日のクーデターで政権が交代するとドイツと敵対するようになった。戦後、共産党独裁による社会主義国となって、親ソ連邦体制をとった。 9月9日鉱山(Deveti Septemvri mine) の名はこのクーデターを記念するもので、1989年の東欧民主化の潮流に乗って体制刷新が図られて以降は、単に 9月鉱山と呼ばれる。ちょうど大量の標本が西側に流れ始めた時機で、その気運を牽引した鉱山だった(厳密に言えば 1989年以前に採集された標本が 9月9日鉱山産)。

画像の標本は最近に地元の収集家が採集したもので、マダン地域という以外、詳しい産地は伏されている ( 9月鉱山産と標識されるタイプに似ている)。
長さ 1cm以下の単晶が思い思いの方向に伸びて見えるが、中に日本式双晶の方位関係で組み合わさったものがいくつかあり、その一つが2番目の画像のように十字式の形態をとっている。四方の個体にいずれも錐面が出ているのが特徴的で、中心部で別の単晶の柱部に接合している。両者の接合方位は、単晶の一つの錐面の方向と双晶の平板面とが平行しているように見えるが、結晶が小さいのであまり正確な観察ではない。
モデル図に示すように、「左」−「上」の個体が日本式双晶のペアとして凹入角を形成し、これを挟んで幅の広い平板が成長している。
「右」の個体は「左」の個体の延長上にあって貫入双晶の形態をとるが、平板の幅は「左」の個体より狭く、厚みも薄い。
「下」の個体は「上」の個体の延長上にあるが、あたかも「上」の個体が下向きに成長する際に、「右」の個体によって伸長が妨げられて二つに割れたような形をしている。すなわち柱部が二つ連なって伸び、それぞれ小さな頭部を持った形である(結晶構造はおそらく共有している)。「下」の個体の柱部は「右」より短い。
このような形状は、この十字双晶が貫入的な形態を持ってはいるが、中央の(仮想)核部から同時的に四方に成長したわけでないことを示すと思われる。すなわち、「左」−「上」の双晶と同時か、あるいは少し遅れて「右」の個体が伸長し、それより遅れて「下」の個体が伸長したと観ることが出来る。
また双晶的に成長を促進させる機構(擬似凹入角効果)は一方向にだけ発現して、「左」−「上」の個体の平板状の幅を広げたが、正対する方向(「右」−「下」)には発現しなかったと考えられる。この観察は No.1000の標本でも同じことが言える。 

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