高温型(β)水晶の双晶形式について  On the twin laws of HT Quartz

水晶の双晶形式について その1 その2 その3 の続き

(J.Drugman の報文に記された高温水晶(石英)の傾軸式双晶の形式)

◆20世紀の初めは古典的な結晶学から構造解析を技とする新しい結晶学への過渡期であるが、視座が入れ替わるそのイヴの宵祭りに、水晶のさまざまな双晶形態に関心を持った人々があった。彼らの探究心に灯をともしたのは、おそらくは当時フランスのガルデットや山梨県に多産した大量の傾軸式双晶標本だったろう。かの V.ゴールドシュミットは「有名な日本式」なんという表現をしている(先年その名を振ったのは彼自身なのだが)。

また、ライヘンシュタイン・グリーゼルンタール式の双晶は、ゴールドシュミットがスイス・マデラネンタールの支谷グリーゼルンタール産の測角可能な標本を報告した時、それがわずか2例目であった。ところがほどなくこの形式を裏付ける標本が大量に発見される。ベルギーのジュリエン・ドラグマン(1875-1950)は、1911年に「主菱面体面(r面)上で双晶する水晶の一例」において、フランスのエステレル山地産を 3例目として報告した。
エステレルはコート・ダ・ジュール(紺碧海岸)のカンヌに近い海際の山塊である。地質は石英、プラジオクレース、角閃石の斑晶を含む火山岩(石英閃緑岩斑岩)で、1896年にミシェル・レヴィーが報告してエステレル岩 Esterellite と呼んでいた。石英(水晶)はしばしば六角両錐の、柱面の発達しない 12面体形状を持ち、地表付近の風化層では分離した状態で産する。
ドラグマンは下図のような、等大の二つの12面体(両ピラミッド形)が互いの錐面の一つを接触させた形状の標本を見出して測角し、ゴールドシュミットが記載した形態U.D 双晶タイプの例証としたのだった。

もっともこの時ドラグマンは、この種の標本をもっと沢山見つけようと同地の結晶約200点を追加調査したのだが、あいにく同タイプの双晶はふたつとなく、ただ平行連晶した複合形をいくつか認めるに終わった。
なお、一般の水晶(低温水晶)は、片側 6つの錐面の性質が一つ置きに入れ替わり、r面及び z面として判別出来ることが多いが、エステレル産ではほぼ出来なかった。六方晶的だったのだ。彼は G.フリーデルが 600℃以上(構造遷移温度以上)の水晶は六方晶系であろうと推測した報告を引いて、エステレル岩中の石英は高温の溶融マグマから直接晶出したもの(高温水晶)だろうと推論した。

上掲書の挿画を元にした双晶形態図
エステレル双晶(R-G双晶と同じ双晶形式)

 

J.ドラグマンは ブリュッセルの生まれ。ボンの大学で化学を修めた後、1906年にマンチェスターの大学で科学修士を取った。その後、オクスフォードやハイデルベルグ等で研究を重ねた。1910年からはブリュッセル自然史博物館の共同研究員となっている。上掲の研究はオクスフォードの研究室で行われた。ドラグマンの一族は富裕で、彼は各地を自由に飛び回ることが出来た。多くのシンポジウムや鉱物産地の巡検に参加して、充実したコレクションを持った。彼の主な関心は鉱物の形態にあり、特に双晶の研究に精力を注いだ。エステレルや、イギリス・コーンウォール地方のベローダ・ビーコン、米国ネバダ州のグッドスプリングなどでは産地調査を自費で遂行した。その甲斐あって、さまざまな形式の傾軸式双晶の実例を見出し、自らの業績となすに至ったのだ。

◆1921年のエステレル産水晶の双晶の事例に関する報告では、ドラグマンはこの産地の水晶の形態を高温水晶(β石英)に特徴的なものとして捉え、双晶の形態も、高温水晶と低温水晶とでは別々に語るべきだと指摘している。共軸式の双晶(ドフィーネ式)は高温水晶では意味をなさず(※双晶しても構造が一様だから)、傾軸式については両者で産出頻度が異なることを理由に挙げる。
例えば、R-G式双晶(双晶面は(1011)面)は低温水晶では今のところ 2例しか報告がないが、高温水晶には夥しく発見されている(※ドラグマン自身が1913年に報告)、と。彼はまた日本式双晶(双晶面は(1122面))の高温水晶も見出したが、その頻度は R-G式よりも低かった。cf. No.1007補記2
また、E.バローがトランシルバニアのヴェレスパタクの流紋岩体中の高温(形)水晶でも同様の双晶を報告したこと(1913年)を引き、これらは無闇に珍しいものではないと述べた(当時の標本商の扱う商品中にもまま見られたという)。
柱面の発達しない12面体(両ピラミッド)形水晶は、ロシア、コーンウォール、オーベルニュにも産し、これらの産地でもやはり同タイプの双晶が観察された。ただエステレル産に酷似した形状のジャワ(インドネシア)産のみは、双晶がまったく見られなかったという(数を探せば見つかる可能性があるとしている)。

この報文では、 R-G式に似た形態で傾軸角の異なる新しい双晶形式が示された(下図)。

π面を双晶面とする傾軸式双晶の図
傾軸角は 64°50' (115°10')
5-6面が平行、7-8面も平行

 (1012)(π面)を双晶面とするタイプで、かつてセッラが産地不詳の標本について記述した「セッラ式」ないし「サルジニア式」と呼ばれた形式に等しい。
ただしセッラの標本が高温型か低温型かは不明で、ドラグマンはおそらく低温型とみて、高温型ではエステレル産が最初の例だと考えた。
イタリア・ボローニャ地方には炭酸塩類を含有する12面体(両ピラミッド)形の低温水晶が産し、さまざまな方位に貫入する複合形をなしているため、どんな形式の双晶でも想起しうるものだと言い、低温水晶でサルジニア式が成立するかどうかは未だ確かでないとした。かの F.シンデルは低温水晶におけるさまざまな双晶形式の可能性を注意深く探究したが、彼にしてサルジニア式の実例を見つけられなかったのだから、と。

また、ドラグマンが送ったエステレル産の標本から、シンデルが「仮説A」(シンデルA)の形式の例証を見出したことに触れている(シンデルは 1917年に夭逝し、研究は半ばにおわった)。
他にも、1914年に E.バローからチンワルド式と思しいベレスパタク産の標本を受け取ったが、適合する傾軸角を測角出来なかったと付言する。彼は後々までチンワルド式について態度を保留した。

以上をまとめると、1921年の時点でドラグマンは、
・R-G式のエステレル・タイプ(産地:エステレル、ヴェレスパタク、ウラル、コーンウォール、オーベルニュ)
・ガルデット式または日本式のヴェレスパタク・タイプ(産地:ヴェレスパタク、エステレル、ウラル、コーンウォール)
・サルジニア式(産地:エステレル)
・シンデルA式(産地:エステレル) (※シンデルの 1913年の報告に述べられる)

の4形式を高温(β)水晶に認めていたわけである。ただシンデルA式については、後に G.フリーデルの考察を踏まえて、成立を疑うようになる。

◆コーンウォール地方産については、初めセント・アンガスに近いウィール・コーツの斑岩中に産する高温(形)水晶標本(オクスフォード大収蔵)に双晶を見つけて関心を抱いたようだ。以来、同地の良標本を入手する機会を探っていたが、1926年に行われた王立協会のコーンウォール巡検に参加することが出来、ベローダ・ビーコン Belowda Beacon の風化した表土中から短時間のうちに 47個の小さな結晶を得た。そのうち 26個が双晶だった(主にエステレル式)。彼はコーンウォール産の水晶の研究を精力的に進め、再び同地方を訪問した。ウィール・コーツやベローダ・ビーコン等の産地を回って多量の双晶標本を見出し、さまざまな形式の双晶を発見することとなった。その成果は「コーンウォール地方産のベータ石英の双晶について」(1927年)にまとめられた。

この報文はこれまで観察してきた双晶形式について総覧的に触れており、そのうち確からしいものとして7種類が挙げられる。列記すると、

エステレル式: 双晶面 (1011)  ※低温水晶のライヘンシュタイン・グリーゼルンタール式
ヴェレスパタク式: 双晶面 (1122) ※低温水晶のガルデット式(日本式)
サルジニア式: 双晶面 (1012)

ベローダ・ビーコン式 Belowda Beacon :傾軸角55°24' 双晶面 (3032) ベローダの陶土坑から発見、ウィール・コーツ産、エステレル産でも確認。
・ コーンウォール式 Cornish :傾軸角42°58' 双晶面 (2021) ベローダ・ビーコン、ウィール・コーツ産。G.フリーデルが予示した形式。
ウィール・コーツ式 Wheal Coates :傾軸角33°8' 双晶面 (2131) ウィール・コーツ産、他産地には未発見。G.フリーデルが予示した形式。
ピエール・レヴィ式 Pierre Levee :傾軸角83°30' 双晶面 (2133) エステレル近くのピエール・レヴィが最初の事例、コーンウォール産にも。 かなり稀。

なお、二つの個体が同じ大きさで双晶するケースはむしろ例外的で、普通は大きな個体に小さな個体が双晶関係で付着していること、エステレル双晶はごく普通に出現し、その半分程度の比率でヴェレスパタク式(低温水晶のガルデット/日本式)が見られること、これらに比べるとサルジニア式や下段の4形式は出現頻度がかなり低いこと(偶然生じた形状なのか、双晶形式に則したものか…)を指摘している。

Dana 7th (1963)に挙げられた、高温水晶の9つの双晶形式をNo.1007 補記2に示したが、このうち 7つまでが J.ドラグマンに拠って研究されていたことが分かる。(残りの2つはブライトハウプト式と、サムシュヴィルド式と(サムシュヴィルドはジョージア(旧グルジア/旧ソ連)の水晶産地)。)

以下、さまざまな双晶形式のモデル図を、ドラグマンの報文より引用して示す。


ベローダ・ビーコン式のモデル図

コーンウォール式のモデル図

ウィール・コーツ式のモデル図

ピエール・レヴィ式のモデル図
各図とも、"On β-quartz twins from some Cornish localities"(1927)より

同書 図版 IX 高温水晶のより珍しい双晶形式
15-17 ベローダ・ビーコン式、 18 コーンウォール式
19,20 チンワルド式(?)   21-23 ウィール・コーツ式
24-26 ピエール・レヴィ式

"Sur des macles nouvelles du quartz 
de haute température (Quartz˗ß)", Julien Drugman (1928)より
1-6, 11-12 はエステレル産、 7と10はウィール・コーツ産
1-2:ヴェレスパタク式 傾軸角 84°34'. 
3-4:エステレル式 傾軸角 76°26'. 
 5:サルジニア式 傾軸角  115°10'. 
6:ベローダ・ビーコン式 55°24'. 
7.コーンウォール式 42°58'. 
8. チンワルド式(?) 38°.  
9-10.ウィール・コーツ式 33°8'
11.ピエール・レヴィ式 83°30'. 

 

補記1:ブラジル、ミナス・ジェラエス州テオフィロ・オトーニから北東に約60kmのアリランハ・ペグマタイトに産する水晶から、ベローダ・ビーコン式双晶と思しい標本の報告事例がある。次の画像はC.フロンデルの報文(1968年)に載っているもので、一方は左手型、他方は右手型のブラジル式タイプの傾軸双晶。傾軸角はほぼ 55°24'と測定された。低温(生成)型の水晶と考えられている。

"Quartz twin on {3032}", C.Frondel (1968)より
ベローダ・ビーコン式双晶と思しい低温型水晶

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